空が赤黒く染まっていた。空の深い箇所ほど闇は色濃く、地に落ちた僅かな光さえ血の色に染まっていた。世界の終わりが近づいていた。
少女は崖の上に立っていた。終わりゆく空と海に背を向けて、闇に溶けゆく光を見ようともせずに……
まだ幼い──たったの十四歳。そんな少女が、崖の上で手を広げている。崖下の海に背を向けて、絶望ではなく決意を胸に、一歩、また一歩と、海に近づいていく。
「私の……」
少女が口を開いた。か細い震え声。崖下には真っ黒な海。断崖──その先にある虚空まで、あと一歩もない。肩を震わせている力を抜けば、そのままどこまでも落ちていくだろう。
それがわかって、少女は目を閉じた。
「私の、一番大切な人のためだもの。今の私なら、こんなこと、何でもない」
力強い言葉。けれど、震えた声。つま先立ちになった、細い脚。小さな体。まだ、十四歳の。
少女は力を抜いた。背中から、仰向けに、海に落ちていく。最期に見えた空。最期に感じた地面。最期に見えた……大切な人。
(ありがとう、みんな)
落ちていく。赤黒い空とそれを映す海の狭間。暗闇に包まれる一瞬。感覚が引き延ばされ、死に至るまでの時間は残酷なまでに長い。
その長い、永遠にも思える一瞬、脳裏に浮かんだのはやはり、皆の顔だった。
(少しの間だったけど、今までで、一番楽しかった)
短い旅だった。ほんの少し前に旅立って、ほんの少しの間、共にいた。ただそれだけの、だけど、とても大切な、懐かしい人たち。ひどく短かった、けれど、とても長く感じた、懐かしい時間。旅の思い出。
たくさんの記憶が流れて、最後に浮かんできたのは、やっぱり、彼の顔だった。一番、大切な人。一番……好きだった人。
(届くかな、彼に)
伝えなかった想い。大切にしまいこんで、言い出せなかった気持ち。
初めて口にしたのはほんのついさっき。最後の、あのときだけ。伝わったのかどうかもわからない、伝えたかったのか、胸に秘めたままでいたのかったのか、自分でもわからない。小さな、大切な想い。
(私の……)
ため息をするまでの、短い時間。それすら自分には残されていない。耳に届くのは風を切る音。終わりがやってくる。
もう会えない。大切な人。ずっといっしょにいたかった。叶わないと知っていた。伝えられなかった、小さな想い。……大切な気持ち。
(………届かないよね)
涙を浮かべながら、まっすぐに、ポルカは墜ちていった。