だだっ広い訓練場を少女の形をした天使が駆ける。華やかな桃色の髪が跳ねて、小さな背に見合わぬ豪腕が大斧を手に怪物と対峙する。
羽ばたく竜が爪を振り下ろすのを、《怪力》は前に飛び込んで躱した。振りかぶった大斧が唸りを上げて竜の顔面に叩き込まれる。
勢いを殺さぬまま、竜の顔面を蹴って頭上の大鳥へ。一息に首を断ち切り、自身の翼で姿勢と自重を操作して着地する。
大斧の重量が立てる地響きに負けず、少女の声が響いた。
「全ッッ然ダメ!!」
「そ、そんなにダメだった?」
気圧されたふうな《夢想》の声に、《怪力》は息を吐いて己を落ち着かせた。大斧を天翼に収納し、気弱げに目を泳がせてる青年に向き直る。
「あんたはダメじゃないわ。確かに本物に比べたらハリボテだったけど、そんなのはわかってたし」
『庭園』で生まれる天使たちは、それぞれの設計に応じた権能を持って生まれ、その権能を示す名で呼ばれる。
想像したものを実体のある虚像にする《夢想》は全天使の中でも抜きん出て強力な権能だが、虚像の性能は《夢想》の想像力に大きく左右される。
図書館に勤めて知識を蓄えている《夢想》だったが、戦闘適正は並以下。実戦経験のない彼が辞書を参考に思い描いた怪物はまさしく見た目だけのハリボテで、《怪力》の訓練相手など務まらない。そんなことはわかっていた。
「ダメなのはあたしよ」
わかっていたのに縋った自分に落胆して、《怪力》は俯いた。頬で跳ねる癖毛を引っ張りながら唇を噛む。
落ち込んだ様子の同期に、《夢想》は指先を彷徨わせた。
「あの、そんな焦んなくても、《怪力》ってもう《先導》と同じくらい強いんだろ?
前線の兵士じゃトップだ、まだまだ強くなるって、《先導》も……」
「まだまだ強くなる? なれる気がしないから、焦ってるんじゃない!」
怒鳴ってから、声を荒げたことを謝ろうとした。その前に「ごめん」と《夢想》に頭を下げられ、言葉が見つからなくなる。
兵士の教育係を勤めている《先導》に認められるのは嬉しいが、彼の権能は「何事も上達が早く、掴んだコツを言語化して他者に教えることができる」、ただそれだけだ。上級武官に上り詰めたのは権能抜きの才覚によるもので、戦闘に特化した権能の自分が未だ彼と互角なのは、正直情けない。
いや、違う。八つ当たりだ。自分が焦っているのは、《先導》を超えられないからじゃない。正直、近いうちに《先導》を上回る自信はある。
超えられないのは……
「先輩?」
訓練室に入ってきたひょろりとした天使に、《怪力》は息を呑んだ。すぐに動揺を押し殺し向き直る。
「《勇気》。あんたも訓練?」
「はっ、はい、その、今日もポカしちゃいましたから……」
女性型にしても背の低い自分は、女性型にしてはかなり背が高い《勇気》をいつも見上げることになる。肩を覆う毛先の巻いた柔らかな金髪。垂れた眉に潤んだ菫色の目。
そこに映る、仏頂面の自分が舌打ちする前に、《怪力》は顔を逸らした。
「そっ。あたし達はもう出るから、がんばりなさい」
「ぁっ」
《夢想》の手を捕まえて足早に退室する。背中に物言いたげな《夢想》の視線を感じながら、《勇気》の縋るような視線を無視して。
大人気ないと、自分でわかっている。でも、堪えきれない。自分が焦っているのは、超えられないと思っているのは、《先導》じゃない。
《勇気》だ。あの気弱な、戦闘適正ギリギリの、現役兵士ではワーストの戦闘成績の後輩の権能は、「心に応じて直面した困難を突破する力を授ける」。本人の気弱さが災いして未だ評価通りの力を発揮できていない難物だ。
その権能が額面通りの力を発揮するのを、この間の戦闘で、《怪力》は見た。誰も頼れず、自分しか戦えない状況で、《勇気》は一人で館内に侵入した敵に立ち向かい、これを撃破。背中に庇った《献身》を守り切ったのだ。
大金星だとみんなが称えたが、目撃した《怪力》にはわかった。あのときの《勇気》の出力は、《怪力》を超えていた。
もし、《勇気》が己の権能を安定して使いこなせるようになったら。《怪力》は敵わない。最も強い戦士ではなくなる。
(あたしには、戦うしか取り柄がないのに)
「あの、《怪力》?」
ずっと《夢想》の手を引っ張っていたことに気づいて、《怪力》はその手を離した。振り向いて、《夢想》と目が合う。
男性型にしては背の低い《夢想》だが、それでも《怪力》よりは背が高い。なのに目線が合ったのは、《夢想》が心配して視線を下に向けていたからだ。
《夢想》の肌の名残りを感じて、《怪力》はそっと己の指を握った。
「ねぇ。あんたのイメージした幻影って、あんたから離れると消えちゃうけど、正確には意識から外れたら消える、のよね?」
「うっ、うん。ほとんど同じ意味だけど」
「全然違うでしょ。強く意識してたら離れても消えない、ってことじゃないの?」
「うん。創り慣れて細部まで思い浮かべられるやつなら、けっこう遠くまで行かせられるよ。さすがに寝たら消えちゃうけど」
「じゃあ、こういうことって、できる?」
《怪力》の提案に、《夢想》は顔を真っ赤にして奇声を上げた。
だだっ広い訓練場を《怪力》が駆ける。手に持った鉄球の銘は【雷墜】。《怪力》が軽々とぶん投げた鉄球が、紫電を纏い武装した天使たちを薙ぎ払う。
その隙を突いて突撃してきた影に、《怪力》は双剣を突きつけた。【終炎】の銘を冠する刀身が業火を纏い、重なり合って灼熱を撒き散らす。
「そこまでっ!」
「ッ!!」
戦場の空気を断ち切る声に、《怪力》は剣を引いた。炎を消すことができず床に突き立てる。バターのように訓練場の地面が焼き切られ、煮立てられ、あぶくを立て……異臭を放ちながら、ようやく止まった。
熱の反動を浴びた肌が乾き、蒸発した汗に皮膚が傷むの感じながら【終炎】と投げっぱなしにしていた【雷墜】を翼に仕舞う。
「《怪力》。……わかってるな?」
「……はい」
厳しい面持ちの《先導》に、《怪力》は頷いた。訓練場は荒れ果て、《怪力》と対戦した天使たちは負傷に呻いている。明らかにやり過ぎ。訓練の度を越している。
それでも、《怪力》は《先導》の目を見て、言い放った。
「少し時間をください。必ず制御してみせます」
「……次の稽古は休め。
その次までに制御できてなかったら、何をしているか知らんが、それは中止しろ」
頷いて、《怪力》は背を向けた。怪我をさせてしまった天使たちに詫びる時間はない。余裕もない。
足早に訓練場を後にして、自室に駆け込む。
扉を背に、厠に行くのも惜しんで《怪力》はスカートをめくり上げた。黒いスパッツをずり下ろすと、汁気を纏ったピンクの肉竿が股間から突き出てくる。
「もうっ。なんでこんな、おさまんないのよっ」
毒づいて無遠慮に肉竿を掴む。痺れるような痛みに、《怪力》は膝を突いた。
手を離した途端に勝手に跳ねた肉竿がスカートの布地を擦り、その刺激にまた息を漏らす。戦いの痛みならいくらでも耐えられても、こんな痛みは知らない。
(あいつ、なんで、こんなの、股に生やして、平気なの?)
熱で浮ついた疑問に、扉のノックが応えた。
「《怪力》、いる? あの、さっき、走ってるの見えたから」
天輪から聞こえる《夢想》の声に、《怪力》は無言で扉を開いた。
驚いた顔をした夢想を中に引っ張り込んで床に押し倒す。扉が閉まり、自動で鍵が掛かる音を背中に、《怪力》は《夢想》にスカートの中身を見せつけた。
「かっ、《怪力》!? 待って、その、先にシャワー」
「待てない。見てよ、あたしのココ、こんなんになっちゃってる」
女性器の先端、陰核から伸びる肉竿の根本を指で揺らして、《怪力》は眼下の《夢想》に舌を見せて笑った。
「責任取って、慰めて?」
* * *
《怪力》が《夢想》に頼んだのは、権能で《怪力》に男性器を生やしてほしい、ということだった。
天使たちのモデルになった原型人種は、雌より雄のほうが力強い。なら、《怪力》も男になれば、身体能力が向上し、権能の作用も深まるかもしれない。
果たして《怪力》の狙いが当たったのか、それとも思い込みかはわからないが、実際に《怪力》の力は増した。
だが、思わぬ副作用が《怪力》を苛んだ。《怪力》は重視してなかったが、原型人種の雄は、雌より発情しやすいのだ。
「は、ぁっ」
押し倒しズボンを剥いだ《夢想》に跨って、《怪力》は息を弾ませた。スカートを捲って上向く肉竿の下で、《怪力》の女陰が《夢想》の男根を咥えて蜜を溢れさせている。
男根を生やしてもらってから、権能が強まる代償に体が発情しやすくなった。戦闘で昂ぶると、体を慰めるまで思考もままならなくなる。
それを鎮めるため、《怪力》は《夢想》と交合することにした。
これにはもう一つ利点があった。《夢想》の権能はイメージするものを深く濃やかに思い浮かべるほど安定する。
《怪力》に生やした肉竿は《夢想》自身の男根をモデルにさせているが、《怪力》と《夢想》が交わることで、《怪力》の肉竿は存在感を増していった。
「ッ、ぁ、《怪力》、ごめん、僕、もうっ」
「はぁ? ザッコ。まだダメよ。集中して、ギリギリまで我慢して、自分のチンチンを強く意識するの。
今は朝に生やし直してもらってるけど、遠征に出たら何日も外泊するのよ? あんたが寝るたびに消えてたんじゃ話になんない」
狭い膣でギュウギュウに締め付けると、《夢想》は呆気なく吐精した。潤んだ膣の中でビクビク跳ねる男根が物足りなくて腰を揺すると、組み敷いた《夢想》がか細い泣き声を上げる。
舌打ちして《怪力》は腰を上げ、再び落とすのを繰り返した。膣で《夢想》を扱き上げ、再び勃ち上がらせる。腕で顔を隠そうとしたのを抑え込み、その泣き顔を暴いた。
「か、《怪力》、やめっ。僕、むり」
「ナニ言ってんの。こんなんじゃ足りないってば」
サービスのつもりで、《怪力》は《夢想》の手を自分の胸元に導いた。戦士のものとは思えぬ柔らかい乳房に、《夢想》が雄の顔で生唾を飲む。
元気を取り戻した男根を中で感じて、《怪力》はやればできるじゃないと笑った。
「ほら、その調子。朝も昼も夜も、寝てる間も、チンチンで頭をいっぱいにして?」
腰を揺すりながらねだる。
朝も昼も夜も、夢の中でも、あたしで頭をいっぱいにして。
訓練場を小柄な影が走る。影すら踏ませぬ速度で跳躍した《怪力》が手にした大鎌を振りかぶる。
【寒凪】の銘を冠する刃から、三日月を思わせる斬撃が戦場に吹き荒れた。デタラメにばら撒いただけかと思われた攻撃は、しかし敵陣の包囲を的確に寸断し、《怪力》に狙いを定めた射撃武器を破壊する。
実体を持つ斬光を足場に宙を駆けた《怪力》が目標地点に着地、同時に《勇気》を貫こうとしていた槍を断ち、たたらを踏んだ兵士の腹に蹴りを食らわせる。
「そこまでっ!!」
【寒凪】を翼に収納して、《怪力》は《先導》に向き直った。
居並ぶ訓練相手は全員疲弊しているが、負傷者は一翼もいない。
「チームメイトの救出成功、敵チーム全員無力化、重傷者なし、設備への損害なし。
文句の付けようがないな。よく仕上げた」
「ありがとうございますっ」
あまりない《先導》からの掛け値なしの賛辞に仲間たちが羨望の視線を送るが、それも諦め混じりの尊敬のほうが強かった。ハンデとしてチームメイトに選ばれた《勇気》などは、「先輩すごぉい」と憧れに目を潤ませている。
「何素直に感心してんの。あんたも精進なさい。
いつまでも足手まといでいたらぶっ飛ばすからね?」
「えぇっ。勘弁してくださいよぉ」
一転悲鳴を上げた《勇気》に笑い声が上がる。眉をしかめた《先導》の説教が始まるのを、《怪力》は清々しく聞いていた。
今の自分なら、未来のこの子にも負けない。そう確信できた。
* * *
「《怪力》、お疲れ。どうだった?」
「ただいま、《夢想》。バッチリ。《先導》から太鼓判をもらったわ」
《怪力》の自慢に、《夢想》は素直に目を輝かせた。そういえば、こういう無邪気なところは《勇気》を似てるかもしれない。
嫌味なくそんなことを考えながら、《怪力》はスパッツを脱ぎ捨てた。途端に頬を赤らめ視線を逃がす《夢想》の頬を、ぎゅっと手で挟んで向き直らせる。
「ほら。お祝い、してくれる?」
スカートから突き出る《怪力》の肉竿に、《夢想》は恥ずかしげに目を彷徨わせたまま跪き、おずおずと舌を伸ばした。
先端に感じるビリビリとした刺激にも、随分慣れた。《夢想》の口内を埋める肉竿は随分膨れて、苦しげに吐き出した《夢想》の頬に粘っこい液を塗りつけた。
比較するまでもなく、《怪力》の肉竿は今や《夢想》の男根より大きい。生やすたびに力と大きさを増したソレは、もはや《夢想》の男根の虚像ではなく《怪力》自身の男根だった。
艷やかな先端はピンク、竿は色白で愛らしく、輪郭とサイズは凶悪に逞しい。包皮に浮き出た血管が脈動し、《夢想》の鼻にプンと雄の情欲を伝えてくる。
「あ、《怪力》、その」
「ん? ああ、シャワー? いいよ、待ってる」
「じゃなくて、あの、準備、済ましてあるから」
「え?」
首をかしげる。真っ赤になった《夢想》が、しどろもどろに説明してくる。
「か、《怪力》、訓練終わったらすぐしたがるだろ? だから、待たせるのも悪いなって」
「へぇ、あんたが待ちきれなかったわけじゃなくて?」
「ちっ、ちがっ!?」
慌てる《夢想》を抱えてベッドに放り込み、ズボンを剥いで下肢を剥き出しにさせる。鍛えてはいないが健康的に太い男の脚の奥、むっちりとした毛の薄い尻の穴は、確かに洗われてしっとりと湿っていた。
指を這わせると、ピクピクと脚の筋肉が緊張する。獲物を追い詰めた気持ちで《怪力》の口角が持ち上がった。上向いた己の陰茎を持ち上げながら尋ねる。
「コレ、挿れていい?」
枕に顔を埋めたのが《夢想》の返事だった。ひとまずはそれで良しとして、《怪力》はゆっくりと腰を進めた。
唾液と先走りで濡れた桃色の亀頭が汗ばむ肉穴にぴとりと吸い付く。腰から沸き立つ衝動を抑えながら《夢想》の脚を持ち上げ、悠然と《夢想》の中に分け入っていく。
陶然とした満足感に、《怪力》の背で翼が開いた。《夢想》の脚を伝う汗を舐めながら手を伸ばす。
枕を奪い取られた《夢想》の泣き顔は、《怪力》を強く昂ぶらせた。
「やだ、《怪力》、返してっ」
「だぁめ。ほら、恥ずかしがってないで、もっと集中して。コレに夢中になってよ」
「う、うぅうう」
唸りながらも《夢想》は自ら《怪力》の肩に脚を載せた。《夢想》の肉穴が自分を呑み込んでいくのに、《怪力》は深く溜め息を吐いて《夢想》の奥に己を這わせた。
うごめく襞を感じながら腰を引く。武器の手入れに油を指すように、彼の中に自分を塗り込んでいく。
肉棒が存在感を増していよいよ性欲が抑え難くなった頃、《怪力》は《夢想》の体を暴き己が童貞で《夢想》の処女を散らした。
そうすることで、生やした男根は《夢想》の分身ではなく、《怪力》の相棒になった。訓練で発情を散らし、《夢想》を前にして性欲を解放する技も学んだ。
己が一回り大きくなったのを《怪力》は実感していた。人生が潤い、豊かな実りが未来に待ち受けているのを予感する。
「ぁっぁっやだ、《怪力》、そこやぁっ」
「イイの間違いでしょ? ほら、出すわよ、たっぷり注ぐから、しっかり、覚えな、さいっ!!」
うっかり《夢想》の脚を握りつぶさないよう、意識を射精に集中させる。睾丸がないにも関わらず、《怪力》の男根からねっとりとした白濁が《夢想》の中に注がれる。
子種ではなく快楽の証であるその粘液は、《夢想》の体内を狂わせる毒液だった。肉襞が収縮し、わななき、己を犯す雄を噛みしめる。
シーツに爪を立てる《夢想》が枕を噛んで喘ぎを押し殺すのを、《怪力》は許した。体の震えと、彼の股で震える性器を見れば、《夢想》が絶頂しているのは明らかだったから。
「は、ぁっ……」
名残惜しさを覚えながらも、《怪力》は男根を引き抜いた。一度射精したら交合は終わりと決めている。さもなければ堕天するまで《夢想》を貪ると、《怪力》は自覚していた。
しかし。のそりと起き上がった《夢想》が《怪力》の股に触れてきて、その誓いは脆くも崩れ去ろうとした。脱力していた男根が雄々しく背筋を伸ばし、《怪力》の喉がゴクリと唾を飲み込む。
「む、《夢想》?」
「……やっぱり。定着してる!
《怪力》、これもう、僕が寝ても消えないよっ」
《怪力》の性器を指で弄んでいた《夢想》がぱっと顔を輝かせた。瞬く《怪力》の表情に我に返る。
「ぁ、えっと、さっき、その、最中に何度か消そうとしてみたんだ。でも消えなかったし、その、前々から何度か意識が飛んじゃうことがあったけど、それでも消えたことなかったろ? だから」
「これ、もうあんたの創った虚像じゃなくて、あたしの体の一部ってこと?」
「うんっ。だから」
続く言葉に、《怪力》は凍てついた。喜びを覚える前に、心が凍りつく。
「これでもう、僕と交合しなくても大丈夫だよ!」
確かに。《怪力》が《夢想》と肌を重ねていたのは、抑えがたい性欲を発散させるためもあったが、何より権能を定着させるためだ。
惚れた腫れたではない。それなら、奉仕を仕事としている天使に頼んだほうが、より深い満足を得られる。
理屈は通っているのに納得し難く、《怪力》は当て所なく館内をうろついていた。いつもなら訓練で体を動かし懊悩を発散させるのだが、今はそんな気になれない。
廊下を曲がり、視線を彷徨わせ、《怪力》は向こう側を歩く《夢想》を見つけた。途端に心臓が弾む。いつの間にか、図書館の近くに来ていた。
呼び止めようとして、その前に《夢想》が顔を上げた。ぱっと明かりが灯るような笑顔に息が止まり、《怪力》は《夢想》が己を呼ぶのを待った。
「《献身》さん!」
《夢想》が駆けていく。《怪力》の視界の隅にいた《献身》に向かって。
《怪力》も《夢想》の視界にいたのに、《夢想》は気づかなかった。《献身》を見つけて、他は目に入らなかったから。
慌てて転びそうになった《夢想》を抱き止めようとして、《献身》は受け止めきれずに転んでしまった。当たり前だ。《夢想》は男性体で、《献身》は平均的な女性体だ。抱き止められるわけがない。
転んだ《夢想》が《献身》に平謝りして、その必死な様子に《献身》が吹き出す。
「翼を使えば良かったですね」。そんな言葉といっしょに、二翼して笑い合う。
その光景を前に、《怪力》は凍りついていた。
《夢想》は《献身》に恋をしている。わかりきっていたことを再確認して、足が竦む。心臓が凍てついて、階段を転がり落ちていく。
自分が《夢想》と肌を重ねたのは、惚れた腫れたが理由じゃない。
そう言い訳したから、《夢想》もそう信じた。
そう嘘を吐いたから。《怪力》の恋は、羽ばたくことなく地に墜ちた。
* * *
館内を小柄な影が駆ける。跳躍して訓練場に飛び込み、《怪力》は自分が誘い込まれたのを知った。
待ち構えていた天使たちが、一斉に《怪力》を包囲する。
「投降しろ、《怪力》。お前に堕天の兆候が出ている。
今すぐ【揺り籠】で休眠して、情動を安定させるんだ」
《先導》の勧告に、《怪力》は唇を噛んだ。
【揺り籠】。天使たちの長期休養ポッド。そこで眠れば、堕天の芽となる感情は消去され、付随する記憶も忘れられる。なかったことになる。
この痛みから解放される。胸を焦がすこの苦しみを、なかったことにできる。《夢想》の肌の温もりも、息遣いも、鼓動も、恥じらう声も、笑顔も、何もかも。
『おはよう、《怪力》』
「嫌」
一言で、《怪力》は【天手】の銘を冠する籠手を両腕に展開した。
無数の手を同時に操作する【天手】の機能が、《怪力》以外に使いこなせぬとされた武具を次々に翼から引っ張り出す。
稲妻を放つ鉄球【雷墜】が、業火を纏う双剣【終炎】が、無数の斬撃を降らせる大鎌【寒凪】が、冷気を操る攻防一体の大盾【雹牙】が、無尽蔵に無数の矢を撃ち出す砲台【奏穹】が、《怪力》を囲む天使たちに突きつけられる。
「や、やめてください、先輩!」
《勇気》が悲鳴を上げる。迷いなく振るえば穿てぬものなどない長槍【雨穿】の穂先がこちらを向いていないのを見て取り、《怪力》は容赦なく【奏穹】を《勇気》に向けた。
轟音と共に発射された無数の矢が、《勇気》の一振りで撃墜される。特に感慨はなく、《怪力》は同時に【寒凪】で天使たちに斬撃を放ち、【雹牙】の氷塊で逃げ場を塞いだ。
仲間を守ろうと《勇気》は駆け回り、こちらに寄ってこない。他に《怪力》を倒しうる天使はいない。
近づいて来ようとする天使を【雷墜】と【終炎】で牽制し、まずは射手から潰そうと的を絞る。
一斉に放った《怪力》の攻撃が、すべてかき消された。
「は?」
《勇気》ではない。《先導》だった。
彼の手にした白い剣の放つ虹が、《怪力》の振るう武器の機能を停止させる。
「まさか、【聖寂】? 破損して博物館に保管されてるはずじゃ……」
「ああ。《夢想》に修復してもらった」
何よりもその言葉が、《怪力》の心臓を刺し貫いた。
足が止まる。致命的な一瞬に、《先導》の拳が《怪力》の意識を刈り取った。
【天手】が停止して、武器が地面に落ちる。《怪力》の体も、落ちていく。
『おやすみ、《怪力》』
肌を重ねた闇の中、見上げた《夢想》の笑顔を思い出して、涙が一粒、流れて落ちた。
* * *
「いっ、いやいやいやいや、無理だよ、そんなの!」
「試してみなくちゃわかんないでしょ!
いっぺん試して、ダメなら諦めるからっ」
《怪力》の提案に、《夢想》は小刻みに首を横に振った。その肩を掴んで《怪力》が凄む。
「ナニ。試すのも嫌だっての?」
「い、嫌っていうか」
「あたしのことがそんなに嫌い?」
「きっ、嫌いじゃないよ! でも」
「じゃあ決まり!!」
断言すると、流されやすい《夢想》は目を泳がせながら唸り、「上手く行かなかったら諦めてよ?」と上目遣いになった。笑顔で頷く。
彼に、嫌われていない。それが胸を温めている事実に、そのとき《怪力》は気づかなかった。
そして、目覚める頃には忘れてしまった。