淫らに芽吹く、いつか花咲く

 ボグホールの知覚は聴覚と視覚が主だ。開花して体がドロドロの金属になってから、味覚と嗅覚は失われ、触覚はぼんやりしている。  食事も呼吸も不要(体色が緑なのは光合成しているのかもと上司が言っていたが、研究されるのは怖いのでさっさと逃げた)で、睡眠もあまり要らない。性欲は言わずもがな、とんと無沙汰で欲求も湧いて来ない。  つまり、生きている実感がない。死ぬのは、怖いとは思うが、他人が死ぬ方がずっと怖い。  だからボグホールはヒーローから逃げ回り、他のヴィランの世話を焼き、自分から相手をするのは、ひとりだけだ。 「見つけたぞ、ボグホール!」 「来たな、アノトガスター!!」  街中で任務の破壊工作を行っている最中に轟いた雷鳴に、ボグホールは歓喜して触肢を伸ばした。飛んできた雷電がボグホールの身体を貫通して地面に流れる。  さすがに精神の宿るコアに命中すれば多少のダメージはあるが、そうでなければ粘体に大部分が流れるので「なんだかビリビリするな」程度だ。  そう、このビリビリが大切だ。ぼんやりとした触覚に流れる刺激を求めて、ボグホールは宿敵のヒーロー・アノトガスターに手を伸ばした。 「捕まるか、よっ!」  紫電を表現した甲冑に身を包むアノトガスターは、雷を操る開花能力者だ。素早く、制圧力も高く、広範を攻撃することも距離を詰めて気絶させることも可能な新鋭気鋭のエース、だったのだが。 「残念、オレにはききませーん」 「ぐあああああ! この野郎!!」  アノトガスターの電撃はボグホールには効かない。粘度も硬度も自在に変形できる金属の粘体は通電率も自在で、コアには通さず体表を流れるようにすればダメージはゼロ。  この守りを貫通するには、直接ボグホールのコアに触れて雷を直撃させるしかない、が。 「ほい、捕まえた」 「は、な、せっ!!」  自分から突っ込んでくるのなら、飛んで火に入る夏の虫。  せっかくのスピードを活かせず敢え無くボグホールの触腕に絡み取られたアノトガスターに、ボグホールはニンマリとコアを笑わせた。 「お楽しみタイムだぜぇ?」   *  *  * 「ふ、ぐ、ぅっ」  まずは装甲を剥ぐ。壊したら悪いので慎重に。アノトガスターは諦めず電撃で抵抗してくるが、ビリビリと電流が流れる刺激はボグホールのご褒美にしかならない。堪能しながら一枚一枚剥いていく。  マスクは剥がない。ボグホールが相手取るのは、あくまで電撃ヒーロー・アノトガスターだからだ。未成年の少年・アーノルドじゃない。  開花によって鮮やかな紫に変色した長い髪を梳いてやりながら、ボグホールはアノトガスターの装甲の下の強化スーツに触肢を這わせた。  見た目はつるりとした分厚いタイツだが、ボグホールにその感触はわからない。だから、さわさわとアノトガスターの腹に触れて、血流や内臓の鼓動を鑑賞する。  拘束したアノトガスターの手足が震え、反射的に放たれた電撃がビリビリと通り過ぎ、トクトクとした命の鼓動がボグホールの聴覚に伝わってくる。  この感触が、たまらなく好きだ。触覚と綯い交ぜになったボグホールの聴覚は、アノトガスターの内臓の音を心地よいものと認識していた。傷つけないよう気を払いながら、ゆるゆると手足の筋肉も堪能する。  荒い息遣い。緊張した脈拍。苛立った舌打ち。  一旦抵抗を止めて小刻みに震えたアノトガスターが、ギロリとボグホールを睨みつけた。 「この、変態がっ。俺を弄んで、そんなに楽しいか!?」 「メチャクチャ楽しい」  愚問に即答する。この状況でも負けん気を失わないのが最高だ。  そもそも最初に遭ったとき、あまりの反応の良さについ我を忘れてグチャグチャのドロドロに(怪我はさせてないぞ。設定した粘体の温度が高すぎたみたいで、汗と涙で、ほら、な!)してしまったのに、その後もこうして突っかかってくるところに、なんというか、メロメロだった。 (いや、それだとやらしい意味みたいで良くねぇな)  心の中でこっそり反省する。最近、組織の仲間にもからかわれるのだ。ご執心ですね、お熱じゃん、惚気ご馳走様です……そんなんじゃないっつうのに。  嘆息しながら、またもがき出したアノトガスターを封殺する。囚われのヒーローは雷が出せなくなってもジタバタ手足で粘体を叩き、攻撃が効かなくても決して諦めない。その勇姿に胸が熱くなりながら、そんな英傑を腕の中に閉じ込めている背徳感に高揚する。 (だからそういうんじゃねぇって)  開花する前はボインのチャンネーが好きだったし、開花してからは性欲ないし、アノトは男で未成年だし。  己を納得させアノトガスターの顔を覗き込むと、彼は、潤んだ眼でボグホールを睨めつけていた。何か言いたげに肩を震わせ、でも、何も言わない。  怪訝に思ったボグホールは、アノトの強化スーツを盛り上げる下腹部のテントを見つけて、察した。 「あ~、うん、年頃だもんな!」 「~~~~!!」  無言で殴ってきたアノトに「セクハラだったか」と反省する。男同士だし抜いてやってもいいのだが、それはやっぱりセクハラだろう。  今日はこのくらいにして解放してやるかと思ったボグホールは、アノトがもじもじと腰を揺すっているのに気づいた。  下半身を抑え込む粘体に尻を押し付けるように。その凹凸を味わうように。 (………) 「ひぅっ!?」  ほんの悪戯心でアノトの尻の辺りに硬めの触肢を形成すると、アノトの腰が跳ね、声が裏返った。生唾を飲むような感覚がコアを横切る。  普段より意識を細密にして、触肢を増やし、凹凸を濃やかに。硬度にも変化を付けて、体温が心地よい人肌になるよう調整する。  ぼやけた触覚では困難な操作だったが、並外れた集中力とイメージがそれを可能にした。 「ふぁっ、かたっ……ちがっ。これ、やめろ、きもちい、ん゛っ」  恥じて口を閉ざすアノトガスターだったが、身体は素直だった。積極的にボグホールに身体を委ね、スーツ越しに肌を這う触手を堪能する。適度に柔らかく、暖かく、滑らかな快感に、十代の少年が溺れるのはすぐだった。  どう見てもヒーロー失格な宿敵の痴態に、ボグホールは失望を忘れた。没入のあまり操作を誤り、触肢の一部が狙い以上に硬く、色まで卑猥に赤くなる。 (まて。これは違う。そういうんじゃなくて。ちょっと操作をミスっただけで。すぐに) 「ぁ……」  眼の前に来た硬く赤い触手に、魅入られたふうにアノトガスターが目を見開き、トロンと瞳を潤ませ、頬ずりしてきた。 「ッッッッッッッッッッ!!!」  集中が切れて力を失った触肢がドピュッと液化して、アノトガスターに降り注いだ。強化スーツに包まれた肢体に、長い紫電の髪に、マスクで包まれたあどけない顔に、粘っこい汁が広がって、白く変じる。 「ぁ、っぃ……」  粘液を浴びてドロドロになったアノトガスターが、息を震わせて、ボグホールの粘液をすするような仕草をした。  その顔はまだマスクに隠されている。ヒーローのマスクの下に、どんな顔が隠されているのか。今、アノトは……アーノルドは、どんな表情で、ボグホールを見ているのか。  それが気になって、気になって、仕方なくて、ボグホールは手を伸ばし、アノトガスターのマスクを剥いだ。   *  *  * 「おい、あんた、大丈夫か?」 「うん?」  ぼやけた視界にマスクを付けたアノトガスターが映り、ボグホールはしばし呆けた。次第に意識の焦点が合う。  そうだ。あのとんでも上司の起こした事件にアノトが突っ込んでいって、大怪我をして、だから必死で救命措置をして……血管を繋いだり皮膚を塞ぐのに疲れて、そのまま…… 「あー、その、助かったよ。ありがとう……  勘違いすんなよ! 馴れ合うわけじゃないからな、今回は見逃すけど、次会ったら絶対に」 「うおおおおおこちらこそどうもありがとうお疲れ様お大事にぃぃぃっっ!!!」  矢継ぎ早に言い捨ててボグホールは逃げ出した。路地の隙間をすり抜けて、小蝿より早く、鼠より静かに。  夢。夢だ。疲れ果てて力尽き意識を失い、失ったと思ってた生殖本能が刺激されて、直前までアノトの治療してたから、それで、あんな…… (うおおおおおお!! 夢だ夢忘れろ忘れろオレ! アノトはヒーロー、男、未成年ンンンンン!!!)  コアを明滅させながら逃げるボグホールは、残されたアノトガスターが「ありがとうって……何に?」と首を傾げたことに気づかず……  アーノルドが今年、法律上は成年になることから、目を背けたままだった。