魔女の爪弾く煉獄、承前

「メフィルの今までの主人で一番演奏が上手かった人って、誰なんだ?」  居間で菓子をつまみながらお茶をする、のんびりとした時間。  会話の拍子に飛び出た現主人 河堀かわほり 章人ふみひとの質問に、メフィルは瞬いた。  甲乙付け難かったわけではない。どの主人も得意とした楽器も楽曲も違い、それぞれ違った意味で思い出深く、比べるのは本来戯れ以上の意味を持たなかったが、こと演奏の腕に限れば迷う余地はなかった。 「最も凄絶な演奏をされたのは、二番目の、竪琴を得意とされたサーシャ様ですが」 「ああ、あの女」 「メアリーさんも知ってる人なんですか?」  小さな体を椅子に座らせてふんぞり返ったメアリ──メフィルより年長の、吸血蝙蝠の憑神──の相槌に、章人は驚いた。  ふたりが長い付き合いなのは知ってるが、二番目の主人の時点でもう交流があったとは。 「あたしとメフィルが初めて会ったときの主人よ。ま、あの化け物以外を挙げたらビックリするわ」 「メアリーさん、化け物というのは、その、故人に対してあまりに」 「化け物は化け物でしょ。ナニ? 反省の色ゼロなのあんた?」  メアリーの言い様に、章人は驚きを深めた。口が悪いのはいつものことだが、主人の生活と音楽活動を手伝うのを第一の喜びとするメフィルと違い、メアリーは自らも舞台に立ち主人と共演する、負けん気が強い音楽家だ。  そのメアリーが化け物と呼ぶ──暗に格上と認めている──女性?  軽い気持ちだったはずの好奇心が刺激されるが、メフィルは口が重そうだった。亡くなった人のことだし、良い別れだったとは限らない。辛いなら無理に聞かなくても……  そう思う一方で、やっぱり気になる。メフィルとメアリーが一番演奏が上手かったと認める音楽家がどんな人だったか、じゃなくて。 「メフィルにとって、その人は、どんな人だったんだ?」  章人の問いに、メフィルは虚を突かれた。自分にとって、あの歳月は、どんな日々だったのか。  最初の主人、孤独な城主と過ごした日々は、揺籃の時代だった。美しく静かな城で、守られ、愛されて過ごした。  主人の世話をしながら、人の体の動かし方、人の言葉、楽器を奏でる技、当時の音楽、教養をじっくりと学んだ、穏やかで充実した日々。  二番目の主人との日々は、今振り返ると、頭を掻き毟って、当時の自分を殴り倒したくなる。  恥じ入って赤面するだけでは済まない。犯した罪の重さを思えば、青ざめて床に頭を打ち付けてもまだ足りない。なお悪いことに、当時の自分はその罪深さに気づいていなかった。  ただ夢中だった。熱狂するように主人の音楽を浴びた日々。燃え盛るように眩しく、火傷の痕のように引き攣れて、今も胸を掻き毟る、思い出の。 「そうですね」  ほろ苦くメフィルは笑んだ。 「あの方との日々は、わたしの青春でした」  そうして、蝙蝠は語り始めた。今も色褪せぬ、遠い鮮やかな日々。  無邪気で清らかな魔女と、無自覚に無辜の人々を殺戮した、無垢に罪深く甘やかな物語を。