「エリザヴェータ様が即位した?」
魔術師の報せに、ニコライは寝台から上体を起こして眉を顰めた。傍に控えたメフィルが小首を傾げる。
「エリザヴェータ様と仰いますと、ピョートル大帝の御息女の?」
「ええ。ピョートル様が亡くなったのはご存知ですよね?」
「ああ」
メフィルが憑神になって二年目だったか。この島にも訃報が届き、喪に服した。
怨みもあったが、幼い頃から仕え、共に育ち、青年時代を捧げた君主の死は、己を築いた土台が過去になったような物悲しさがしたものだ。
「ピョートル様には皇太子がおられなかったので、あー、色々ありまして、皇后であらせられたエカチェリーナ様が玉座にお就きになりました。
ですが、わずか二年で病に倒られ……」
「その後もゴタゴタが続いたのは知っている。だが、エリザヴェータ様が皇帝になるとは……
あの方は元老院に嫡子と認められず、政治にも権力にも興味がないのではなかったか?」
エリザヴェータはエカチェリーナが皇后になる前に産まれた、法的には庶子だ。だからエカチェリーナがエリザヴェータを後継に指名しても、議会は突っぱねたと聞いていたが。
「端的に言えば、エリザヴェータ様がお美しくなりすぎたせいですね」
「……何?」
魔術師は、苦労の滲む乾いた笑みをこぼした。
「エリザヴェータ様は婚約者を亡くされて宮廷に残っておられましたが、後ろ盾がなくなったせいで新たな縁談は望めず、それでいて亡き父君の威光は日に日に増し……」
生前は魔王呼ばわりされていたピョートルだが、この世を去って喉元過ぎたのか、改革を推し進め大戦に勝利した名君との評判が高まっていった。
父に似た華やかな美貌に育ったエリザヴェータは、気さくな言動も手伝って「大帝の娘」と人気を集め、玉座を狙う者たちにとっては手出しするのも捨て置くのも危険な存在になってしまった。
結果。
「修道院に幽閉しようという話が持ち上がったのですが、近衛兵は一人残らずエリザヴェータ様の虜でしたので……」
「返り討ちにして玉座を手にしたのか」
聞くだに恐ろしい求心力だった。ちょうどニコライがこの島に追放された頃に生まれた姫なので、面識はなかったが。
「前置きが長くなりましたね。
ニコライ殿たちに関わる問題は、エリザヴェータ様が大帝の娘として、ピョートル様の『驚異の部屋』も受け継がれたことです」
「ピョートルがサンクトペテルブルクに建てさせた博物館のことか?」
ピョートルがヨーロッパを外遊した際に集め、故国に帰ってからも蒐集を重ねた品々──動植物の標本、世界各地の民族の道具や工芸品、多種多様な鉱物、望遠鏡や地球儀に精密時計などの科学器具、それらについて記した貴重な書の数々、果てはホルマリン漬けにされた奇形児や人骨標本まで。
中には宝物庫に飾るべき物もあったが、ピョートルは惜しげもなく無料で公開した。「無知や迷信を打破し、科学的思考を国民に啓蒙する」ために。
「それらに紛れて集められた秘密の蒐集物が、我ら憑神です。
ピョートル様亡き後は離散していたのですが、陛下の愛娘であらせられたエリザヴェータ様が玉座に就かれたとあっては、馳せ参じないわけにも行かず……」
憑神と神憑きの存在を知ったエリザヴェータは、蒐集を再開するよう命じ……この島に新たな憑神がいるのがバレてしまった。
「あの、何か問題なのですか? ご主人様とごいっしょなら、わたしはどこへなりと参りますが……」
従順で無垢なメフィルに、ニコライは沈痛な眼差しを向けた。
同じ表情を浮かべている魔術師に尋ねる。
「エリザヴェータ様はどのような方だ?」
「ピョートル様と同じく、自由奔放な恋愛を楽しんでおられます。
付け加えますと、人でない者が人の形をしていることを、恐れるより面白がる方ですね」
つまり。メフィルが皇帝に拝謁したら、確実に寝台に連れて行かれ、下手をすれば愛人にされる。
「幸い、お父君のように苛烈ではなく、慈悲深い御方です。捕まっても殺されることはないでしょうが……」
魔術師の言いたいことはわかった。宮廷に仕えても恥ずかしくないように育てたと言っても、血生臭く残忍な陰謀蔓延る宮廷で、メフィルが穏やかに暮らせるはずがない。欲深な皇帝に気に入られる目算が高いとなれば、尚更。
「メフィル。逃げなさい」
「ご主人様?」
「皇帝に捕らえられたら、待つのは死より悲惨な未来だ。だから、魔術師殿も危険を冒して報せに来たのだろう」
「感謝はしてほしいですが、期待はしないでくださいね。
縁があり見捨てるのは気が咎めるので、陛下の目を盗んで忠告に来ましたが……陛下の微笑に直接命じられれば、逆らえる気はしません」
メフィルは口を引き結び、ややあって尋ねた。
「ご主人様は、どうなさるのですか?」
「……私は、この城から離れるには老いてしまった。帝都までの旅にも、流浪の生活にも耐えられないだろう」
「なら、わたしも逃げません」
「メフィル」
予想はしていたが、心臓が跳ねた。喉に力を込め、一縷の希望を托して、繰り返す。
「メフィル、ひとりで、安全な場所へ逃げろ。これは命令だ」
「できません。最期までお傍におります。皇帝陛下が無理にでもご主人様を連れて行くと仰るなら、戦います」
「メフィル!」
「ご主人様を見捨てるなんてできません!!」
初めて聞くメフィルの絶叫に、雷に撃たれたようにニコライは胸を押さえ、息を止めた。
ベッドに崩れ落ちる。メフィルが慌てて身を乗り出す。
「ご主人様っ!? すぐにお医者様を」
「いっ、いい……」
「ですが」
「良いと言っておるだろう!!」
命令に、メフィルは反論を止めた。それが辛くて、ニコライは嗚咽を漏らした。
わかっていた。わかっていたことだった。メフィルは自分を見捨てられない。他のどんな命令にも逆らわないが、唯一、これだけは……
「……魔術師殿と、今後の相談をする。下がっていなさい」
「……かしこまりました」
メフィルが退室するのを待って、ニコライは身を起こし、縋るような目を魔術師に向けた。
魔術師は、溺れる者を憐れむ目で、ニコライを見下ろしていた。
「何が狙いだ」
開口一番のニコライの問いに、魔術師は首を傾げた。
「単なる親切にしては、お前は危ない橋を渡りすぎている。私たちに何を求めているんだ」
最初から怪しんではいた。ピョートルに隠し事をするのは、信頼を得ているならさほど難しくはないが、叛意を疑われたときの末路は悲惨という言葉では済まなくなる。
疑ったところでニコライにできることはなく、メフィルの教育を急ぐしかなかった。時が過ぎて、秘密は守られたのだとやっと信じられたが、では何故、危険を冒してまで自分たちを庇ってくれたのか。
「うぅん、時間が惜しいですし、腹を割って話しましょうか。
まず、先程お見せしたように、私は憑神。カッコウの憑神です」
魔術師が広げた腕が、羽先の黒ずむ銀色の翼になる。その姿を見る前から、正体を察してはいたが……
「私が憑神にされた土地ではカッコウは春告鳥で、初鳴きの数で寿命や子宝を占う風習がありました。
ですから年に一度、春にだけ、私は主人の未来に関する質問に答えられるんですよ。どの質問に答えることになるかは、自分でもわからないのですが。
ニコライ殿に贈った楽器も予言を基に作ったもので……そういえばあの楽器、調律のほうは大丈夫ですか?」
「ああ」
調律の道具は城主の身分で手配できた。振り返ると最初の頃は随分適当に調律していたが、音感を正確に捉えるようになった耳は弦の狂いを敏感に教えてくれるようになった。
メフィルが手助けしてくれるようになってからは、壁に毛布を敷いて隅に水を張った盆を置くようになり、温度と湿度が改善されて弦が傷むのも緩やかになった。ピョートルは楽器に調律の必要があることなど失念していただろうと思うと、あいつらしいと呆れる気持ちはあったが。
「それは良かった。もっと後の時代になると中の機構が複雑すぎて、専門の調律師じゃないと手に負えなくなるそうですが……っと、失礼。
このように、私の告げる未来は遠く子細に及びますが、それが大勢に影響を及ぼすことはありません
何故なら、私が主人に与える代償は《無為》。主人にどんな未来を教えても、未来を変えるような結果には結びつかないのです」
災いを予言しても回避することはできず、予言を基に富を築こうとしても失敗し、未来の道具を作っても大衆に広まることなく消えていく。
「そして私を縛る起呪は、『運命を変えろ』」
「それは……」
憑神が起呪に逆らったり応じれなかったりすると凄まじい苦痛を味わうと、当の魔術師が言っていたが。
「不可能ではない、と私は思っていますよ。教えたでしょう? 権能と代償は、他の憑神と神憑きには通じない。
なら、私でも、神憑きの運命を変えることはできるかもしれない」
予言の贈り物を受け取った後で神憑きになったニコライと、ニコライが憑神にしたメフィルは、魔術師にとって運命を託すに値する、未来を変えうる卵だった。
「……わかった」
瞑目して、ニコライは頷いた。
「心から感謝する。私にできることなら、なんでもしよう。
だから、メフィルを救うすべを教えてくれ」
「そのことですが、起呪をどういった言葉で願ったのか、正確に教えてくれますか?
起呪は絶対の縛りですが、解釈によっては抜け道がありますから」
「人を殺すな」と起呪で命じられた憑神がいた。「殺さなきゃいいんでしょ?」と平気で人を殴った。
「私に逆らうな」と起呪で命じられた憑神がいた。明言された命令には従ったが、言葉の穴を突いて主人に反逆した。
「夫になれ」と起呪で命じられた憑神がいた。よくいる男のように、主人を愛するフリをしながら別の人間に愛を囁いた。
「『私を見捨てないでくれ』、ですか。どんな気持ちで願いました?」
「どう、とは……必死だったし、ただ一心で……」
「ああ、失礼。同じ『私』でも、『最初の主人』と解釈する場合と、『主人なら誰でも』と解釈する場合があるのですよ。
メフィルさんはおそらく前者ですね。ニコライ殿は憑神を縛るつもりで起呪を発したわけじゃありませんし」
「では、私が死ねば……!」
魔術師は、呆れた視線を隠さなかった。
「最悪手ですね。起呪は憑神の羅針盤、在り方の根底を担う柱です。
主人の非業の死でメフィルさんが受ける心痛は、自ら二度目の死を選ばせるでしょう」
「ならどうしろと言うんだ!!」
ニコライの憤激に、魔術師は静かに答えた。
「起呪の解釈を書き換えるのです。
あなたの何を見捨てないでほしいのか、それをメフィルさんに芯から納得させることができれば、道は拓けるでしょう」
* * *
説得は難航した。
「メフィル。妻の弟に手紙を書いた。私の死後の名誉を守ってくださるよう、見捨てないでほしいとお願いする手紙だ。
必ず、お前の手で届けてくれ」
「わかりました。郵便局に届けてきます」
「メフィル……!」
「ご主人様と絶縁された姻戚の皆様が、皇帝陛下の招集を防ぐ盾になってくださるとは思えません」
いつになく断固とした物言いに、ニコライは二の句を継げなかった。
立派に成長したのは嬉しいが、魔術師が時間を稼いでくれている間に、メフィルを説得して逃さなければいけないのに!
「メフィル。最近剣の特訓をしているそうだが、まさか皇帝陛下の近衛隊に剣一本で立ち向かうつもりか?」
「必要とあらば銃も牙も使います。
ご主人様の安寧を奪うなら、皇帝陛下が相手だろうと臆しません」
「そんな無謀に育てたつもりはないぞ、メフィル!」
メフィルは城内の人間に好かれているが、ニコライは嫌われている。ニコライを守るために皇帝に刃向かったら、メフィルも孤立するのは目に見えている。
城のあちこちから声がする。使用人たちの、無邪気な噂話。
「メフィルさんが宮廷に招聘されるんだって?」
「よかったぁ。メフィルがあんな偏屈城主の下で一生を棒にするなんて、もったいなさすぎるもの」
「メフィルなら皇帝陛下に見初められて出世するんじゃないか?」
「それは夢見すぎじゃ……」
「いやいや、あながち夢物語じゃないぜ。ピョートル大帝に見込まれて、奴隷から軍人になった黒人、知ってるだろ?」
誰も。メフィルの幸福が何なのか、考えていない。高貴な者に目をかけられる栄光に目が眩んで、その闇に引きずり込まれる命を気にも留めない。
「どうすればいい、どうすれば……」
『迷走してるなぁ』
楽しげな懐かしい声に、ニコライはギクリと身を強張らせた。
「ピョートル……」
懐かしい、袂を分かった主君が、椅子に座ってニヤニヤとこちらを見下ろしていた。
緩く波打つ暗褐色の髪。座っていてもわかるほどの逞しい長身。飾り気のない軍服は、豪奢な礼服よりも彼の肉体を魅力的に引き立てていた。凛々しい顔が浮かべる悪戯めいた微笑の中で、榛色の瞳が爛々とニコライを見つめている。
火に炙られているような心地だったが、今のニコライは彼より恐ろしいものを知っていた。
「何をしに来た」
『ご挨拶だな。せっかく見舞いに来てやったのに』
「頼んでいない。失せろ、亡霊め」
崩御したときは酒と病で浮腫んで酷い有様だったらしいが、若々しい頃の姿で現れるのが見栄っ張りなコイツらしかった。
『俺をそんなふうに言うのはお前くらいだよ』
「他にも言うやつはいたさ。お前がみんな殺したがな」
ピョートルが肩を揺すって笑った。美酒を浴びせられたような心地に、ニコライはシーツに爪を立てた。
「何が勇猛果敢で公明正大、深謀遠慮の大帝だ。
敵や反逆者に容赦しなかったのは、幼い頃に目にした反乱の光景が恐ろしかったから。目下にも気さくなのは、貴族も平民も平等に見下していたから。色々学問を学んでは中途半端に放りだして──
貴様の正体は、臆病で、見栄っ張りで、考え無しの、」
『なぁ、何をそんなに怖がってるんだ?』
バターに蜂蜜をまぶしたような声に、ニコライは息を呑んだ。
『俺はお前が好きだったぞ? 似た者同士だったからな』
「貴様と、私の、どこが」
『癇癪持ちで妻に頭が上がらないところ』
言い返せず、ニコライは歯を剥いてピョートルを威嚇した。
『そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。エリザヴェータは俺と違って優しいぞ?
なんせ反逆者を膾斬りにして腐るまで広場に晒す代わりに、極寒の牢獄送りにしただけだからな』
「それは優しいな」
ニコライは鼻で笑った。逆らう者を死ぬまで、永遠に、籠の鳥にできる。そんな女に、メフィルを渡すつもりはない。
『おいおい、現実を見ろよ。可愛いメフィルはお前から離れようとしない。ならエリザヴェータに気に入られたほうが賢いだろう?
何がそんなに気に食わないんだ? どうしてメフィルを宮廷に行かせたくないんだ? 綺羅びやかな暮らしで、自分を忘れられるのが怖いからか?
違うよな』
否定を言葉にする前に、ピョートルの甘い声が、ニコライの心を切り裂いた。
『メフィルがお前を忘れるのが怖いんじゃない。
お前が、メフィルを見捨てたくなるのが怖いんだろう?』
* * *
輝く黄金がニコライを照らしていた。水晶のシャンデリアが光を反射して、広大な謁見の間を夕焼けのように染め上げる。
跪くニコライは、磨き抜かれた寄木張りの床から目を逸らし、真紅の絨毯に冷や汗を垂らした。
荘厳な音楽が聴こえる。洗練された宮廷音楽を背に、豪奢なドレスの足音がする。
「陛下」
影の合図を待って、ニコライは口を開いた。眩い眼差しを首筋に感じながら、全霊の力で声を振り絞る。
「私どもを陛下の宮廷に招いてくださったこと、感謝に絶えません。
ですが……ですが、私は既に老いて、陛下の耳を喜ばせる演奏をするには力不足。そこのメフィルは」
メフィル。後ろにいるだろう彼を振り向くことはできなかった。
メフィルを守らなければならない。そのために、全力で、この光に立ち向かわねばならない!
「メフィルには、私に叶うすべてを教えましたが、栄華を望まず、平穏な暮らしを愛する凡庸な心根は変えられませんでした。陛下の宮廷を飾るに値しない、無作法な男にございます。
どうか、どうか、このようなつまらぬ者は、放って……」
「ねぇ、おまえ」
猫を転がすような声に、ニコライは顎を持ち上げられた。
全ロシア国民が美女を想像すれば頭の中に現れる女神が、そこにいた。
華やかで可憐な薄紅色のドレスが、彼女が纏えば薔薇の女王のようだった。縫い付けられた数々の金剛石が、膨らんだスカートを朝露のように飾り立てる。
それよりもなお輝かしいのは、肩と胸の谷間を大胆に見せびらかした女自身だった。絹の光沢の白い肌。スラリとした優雅な背。王冠を輝かせる黄金の髪。暖かな微笑みを浮かべた、澄んだ青い瞳──
大帝の娘。その言葉が思い浮かぶ。あの男。怨み、憎み、それでもなおニコライの心を掴んで離さなかったピョートルと同じ威厳を纏い、新皇帝エリザヴェータ・ペトロヴナは、薔薇の棘のような言葉をさらりとこぼした。
「わたくしのものになる以上の幸福が、この国にあると思っているの?」
その言葉に、何の反論も浮かばず──
ニコライはまたも、己に失望して叩頭した。
* * *
「ハァッ!! ハァ、ハァ、ハァ……」
ベッドから飛び起きて、ニコライは今のが夢だったと気付いた。
心労でうたた寝をして、そのまま寝入ってしまったのか。部屋はすっかりと暗く、ベトベトに汗ばんだ肌が不快で口元を覆うと、空腹と喉の渇きに気づいた。
「ご主人様。お目覚めになりましたか」
「メフィル……」
ずっと傍にいたのだろう。安堵に頬を緩めて、メフィルはニコライの背を支えた。
「申し訳ありません。魘されておりましたので、起こそうか迷ったのですが……すぐに軽食をご用意いたします」
「いや……良い。水だけくれ」
「ですが」
手を振って催促すると、メフィルはそれ以上逆らわず、一礼して水差しを取りに行った。
断食はあからさますぎるが、不自然でない程度に不摂生を心がけて寿命を縮めれば、宮廷の使者が来る前に寿命を迎えられるかもしれない。
生き汚い自分の体に辟易して、ニコライは仰向けになった。汗が寝間着とシーツに貼り付いて体温を奪うのを、その調子だと応援する。
今しがたの悪夢は、夢だった。ニコライはエリザヴェータを知らない。新しい帝都の輝かしい宮廷も目にしていない。
だが、実際にニコライが宮廷に足を運べば、今の夢は現実になるのだ。
(私にメフィルは守れない。決して。決して──)
己の無力を自覚して、ニコライはメフィルが戻って来るまでの間、顔を覆いさめざめと泣いた。