ペアントリのグルメ日記
「お菓子の家がなくても」

 これはまだペアントリがじゃたがら一六商店街に来る前の話。  人の女に化けて旅していたペアントリは、親切なお婆さんのお家に泊めてもらいました。  家には赤ちゃんがいて、ペアントリはニコニコです。 「可愛らしいわ。愛らしいわ。  赤ちゃんって、どうしてこんなに可愛いのかしら?」 「子ども好きの旅人さんで嬉しいわ。わたし一人だとどうしても家事にかかりきりで、この子を構えなくて。  さぁ、シチューを召し上がれ」  ペアントリはお礼を言っていただきました。ペアントリは人食いなので味はあんまりわかりませんでしたが、真心籠もった品なのはわかります。  お婆さんがなんと言おうと一泊分の宿代は出すつもりでしたが、お婆さんは頷きませんでした。 「要らないわ。あなたは人食いなんでしょう?」 「あら、お気づきでしたの?」  人に化けるのは得意な方なのですが、勘の良い方というのはいるものです。  もちろんペアントリにお婆さんを害するつもりはありません。見破られた自分が間抜けなのです。お婆さんを尊敬こそすれ傷つけようなんて…… 「わたしを食べていいわ。その代わり、この子を街に連れて行ってほしいの」 「あら?」  お婆さんは滔々と語りました。この子は娘が産んだ子だが、父親は金持ちのろくでなしで、この森に逃げてきた。  自分は魔法で森に人が入れなくしたが、そのせいで長くはない。森の実りに獣の乳でこの子を養うにも限界がある。だからどうか。 「わかりましたわ。私、養い親の躾で約束は守るようにしてますの。  どうかご安心なさって」  快く頷いて、ペアントリはお婆さんを丸呑みにしました。  ペアントリのお腹の中で、お婆さんは必死に祈りました。ああ、どうかあの子が立派に、大きく、幸せになれますように。どうかどうか、いつまでも健やかに……  ええ、きっと大丈夫。暗闇は優しく答えました。立派なあなたの子なのだもの。きっと聡明で、力強く、優しい人になるでしょう。  願いが叶うと安堵して、お婆さんは久々に、うとうとと安らかな、蕩けるような眠りに身を浸すのでした。 「ああ、なんて気高く勇敢な方でしょう。  一息に味わうなんて勿体ないわ。一月は保たせないと」  腹の中でお婆さんを味わいながら、ペアントリは上機嫌です。腕の中の赤ちゃんを、よしよしと揺すってやります。  ペアントリの吐息から香るお婆さんの匂いに、赤ちゃんも安心してすやすや眠ります。  愛らしい寝顔に、ペアントリはますます嬉しくなりました。 「この子の面倒を見て、愛してくれる家族を探さないと。豊かな街がいいわ。優しい人って、やっぱりそういうところに多いですものね。  まぁ、あなたは違ったようだけど」  足元で必死に命乞いをしている男を、ペアントリは腹を蹴って黙らせました。 「あのねぇ、この子が眠っているのが見えないの? 静かにしてちょうだい」 「おっ、おれ、おれはその子の父親だぞ! 育てるなら、俺に」 「ゴロツキ雇って襲ってくる男を? 論外だわ」  辺りにはペアントリに薙ぎ払われたゴロツキの残骸が転がっています。  奪った命を粗末にするのは養い親の教え的にはあまりよろしくないのですが、今はお婆さんを味わうのに夢中で、雑味はお断りなのです。 「全く、死臭も悲鳴も情操教育に悪いのに。本当に迷惑だわ」 「おねっ、おねがい、おねがいだ、ころさないで、なんでも、なんでもするから……」 「あらそう? じゃあ黙っててね」  にっこり笑って、ペアントリは男の手足をへし折りました。約束通り極力静かにしていたので、今しばらくは生かしておいてやることにします。  具体的には、あと一月くらいは。お婆さんを消化した後のおやつにしようと、ペアントリは男を荷袋に詰め込みました。 「さ。急がないと。私はお乳が出ませんからね。あなたを餓えさせるわけにはいかないわ」  悠長に歩くのをやめて、ペアントリは人食いの姿に戻り、三日月の浮かぶ夜空へ羽ばたくのでした。  今は昔、いつかのどこか。魔法がありふれて、怪物が地上を歩く世界の話。  寿命と引き換えに我が子を守ってきた魔女の遺言が、いかなる顛末を迎えたかは……  ハッピーエンドとだけ、伝えておきましょう。