100%昔?話「赤ちゃんを産んだ男」
昔々、かどうかはわかりませんが、女性が働いても寿退社が当たり前だった時代。
当たり前に善良で、ちょっと恥ずかしがりやで、働き者の男が、お見合いでお嫁さんをもらいました。
お嫁さんはニコニコ人当たりが良い人で、結婚はトントン拍子。ムキムキなお義父さんもニコニコで、ムチムチなお義母さんもニコニコで、これまで家族に恵まれなかった男は優しい義理の両親がとてもとても嬉しくて、それはそれはお嫁さんを大事にしました。
ですので一年と待たずにお嫁さんのお腹は大きくなったのですが……そこで少し困り事が起きました。
お嫁さんが、出産は実家でしたいと言うのです。
「父は医者で、母は助産師ですから、実家なら出産は家でできます。
それに子育ても、子どもが不慣れなうちは助けてもらえると思うんです」
「なら、新居は実家の近所にして、ぼくもいっしょに引っ越すよ。仕事もそっちで探せばいい」
男が熱心に言うと、お嫁さんは「それなら」と頼み事をしました。
「出産には立ち会わないでほしいんです」
「ええ? どうしてだい?」
妻の出産をすっぽかして怨まれる夫の話はよく聞いていましたが、その逆は想定外です。
驚く男に、妻は優しく微笑みました。
「我が家の代々の教えなんです。
いいですか。決して、私が良いと言うまで赤ちゃんに会ってはいけませんよ」
* * *
男は結局うなずいて、お嫁さんの里帰りについて行きました。
なんでも、生まれたばかりの赤ちゃんがこの世に慣れるまでは、子どもを産んだ母親と、子どもを育てたことのある祖父母以外は、みだりに会ってはいけないという決まりだそうで。
そう聞けば一理ある教えですし、赤ちゃんのためと言われれば否はありません。
もしかしたら体よく除け者にされるのでは、と少し心配しましたが、里帰りを迎えた両親はニコニコで、「新居なんて言わずにいっしょに住むといいですよ」と大歓迎。
男は安心して、役所で仕事を見つけて働きながら、お嫁さんの出産を楽しみに待ちました。
両親は変わらず「かわいいお婿さんですね」「働き者でいい子ですね」と男に優しかったのですが、いざ出産が始まって、赤ちゃんが生まれると、男を決して赤ちゃんのいる部屋に近づけません。
「無事に生まれましたよ」
「珠のように元気な赤ちゃんですよ」
「何も心配いりませんからね」
「すぐに会えるようになりますから」
男はヤキモキして待ちましたが、ある夜、とうとう我慢できなくなりました。
だってお嫁さんもお義母さんもお義父さんも、赤ちゃんは元気だなんだと、しきりに言って焦らすばかり。父親の自分だけ会えていないのは、どう考えたっておかしいでしょう?
「ほんのひと目だけ、こっそり覗くだけ。きっとバレやしない」
みんなが寝静まった夜。今まで従順だった男に、お嫁さんも両親も油断していたのでしょう。
男はこっそり部屋の扉を開けて……そして、珠のような赤ちゃんを見つけてしまいました。
「さ、あんよが上手。あんよが上手」
お嫁さんの言葉に、赤ちゃんは白いモチモチした体から足を生やして、ぷるぷる震えながら二足歩行をがんばっています。
「待ちなさい。まずはハイハイからですよ。二足歩行は早すぎます」
「私はあんよから始めませんでしたか?」
「あなたのお父さんは単身赴任されてましたから」
「かわいかったですね。今度の彼もかわいいです。
赤ちゃんが大きくなるところを、早く見せてあげたいですね」
ガタン、と男は物音を立ててしまいました。だって、仕方ないでしょう?
お嫁さんたちが囲んで励ましている赤ちゃんは、人の形をしていない、白くて、丸くて、モチモチした、人でも獣でもない、珠のような何かだったんですから。
「あら、見てしまいましたね」
「おや、震えていますね」
「まあ、かわいいですね」
わけがわからず、男は悲鳴を上げました。言葉を知らない赤ちゃんのように。
「あら、泣いていますね」
「おや、お漏らししてます」
「まあ、かわいいですね」
お嫁さんたちは声をそろえました。
「「「慰めてあげましょう」」」
男は逃げようとしましたが、すぐにムキムキの胸板に捕まえられました。お義父さんです。
「大丈夫ですよ。誰も怒っていませんから」
お義父さんは男を抱きしめて、よしよしと慰めます。
意外とやわらかくて、フカフカで、温かい胸板に、男は次第に落ち着きを取り戻しました。
「あなたたちは人間じゃないんですか?」
「そうらしいですよ。でも、上手く真似できてると思いませんか?」
「僕の子も人間じゃないんですか?」
「ええ。でも、すぐに人間に化けれるようになりますよ」
「あの子は、僕の子じゃないんですか?」
「そう思いたいですか?」
ボロボロ泣きながら頷いた男に、お義父さんは、お義母さんは、お嫁さんは、赤ちゃんは、「じゃあそうしてあげましょう」とうなずきました。
彼らが正体を現します。白くて、モチモチして、珠のような肌の、人でも獣でもない何かたち。
彼らはいっぱい手を生やせます。その手の器用で、すべらかなこと! 男はたちまち肌という肌をなでられて、絹の手袋でくすぐられたように身をよじりました。
彼らの指ときたら、乳房のようにフワフワで、なんなら乳房も出し放題。男はおっぱいが大好きでしたからね。
魔羅だって生やし放題です。そんな趣味はない? ご心配なく。ホラこの通り。気持ちいいでしょう?
温かくて、ムチムチで、柔らかくて、変幻自在。ええ、ええ、人間よりずっといいですか? それはようございました。
疲れましたか? 大丈夫。なんせ彼らは変わり放題の増え放題。汁になってふぐりに注げば、ほら、何度だって楽しめます。
ええ、ええ、大切な、かわいいお婿さんですから。みんなで可愛がりましょう。大丈夫。みんな私たちですからね。
おっと、これ以上は野暮というもの。では、残りは後日談で。
* * *
昔々、かどうかはわかりませんが、専業主夫が変わり者扱いされていた時代。
お嫁さんの実家に越してきて、そのまま主夫になった男がおりました。
とっても働き者で、赤ちゃんの面倒を見るのが大好きで、恥ずかしがりやな旦那さんは、よくふくれたお腹をさすって照れ笑いをしておりました。
え? ええ。ほら、自分のお腹を痛めたら、我が子と思いやすいでしょう?
ええ、ええ、大丈夫ですよ。ちゃあんと、注ぐときは楽しくて、孕んでいる間は幸せで、産むときは気持ちよくなれるようにしましたから。おかげで毎日産みたいっておねだりされて、大変でした。
大丈夫。私たちも、人間のことはよく勉強しましたからね。孕むのは年に一度。産むのは十月十日を経てから。
ね? ちゃんとしてるでしょう?
今は昔、かなたのこなた。
今もどこかにある家の、ちょっぴり不思議な物語。