100%昔?話「如意玉をつかまされた龍」

 昔々、かどうかは知りませんが、まだ獣が人の言葉を話せた頃。今は地上にない命が羽ばたいて、海に大陸を飲み込む影が泳いでいた頃。  如意玉を生めない龍が、山の上でべそをかいておりました。  え? 如意玉とは何かって? ええと、五本爪の龍を思い浮かべてください。綺麗な玉を握ってるでしょう? それです。え、わからない? ググってください。検索ですよ検索。わかりました?  とにかく、如意玉とは龍の神通力の結晶。雨雲を呼び雷を落とす、森羅万象を意のままにする宝珠です。  これを生み出すことこそ成龍の証、なのですが、この龍はとっくに成体になっているのに、未だに如意玉を生めないでいるのでした。 「うう、どうしよう。まだできない……また親父にいつまで雛のつもりだって叱られる……お袋に相談しても『何かきっかけがあったらポンッとできるわよ』って頼りにならないし……  どこかに、他の龍が落とした如意玉が落ちてないかなぁ」  そんな現実逃避で地上をうろついていた龍が山道で見つけたのは、如意玉と見紛う白さの、もちもちした、珠のような、神でも魔物でもない、微笑む何かでした。 「あっ、あんた! ちょっと俺の如意玉になってくれないかい? 千年くらい!」  構いませんよ、と何かは快く頷きました。  龍は大喜びで何かをぐわしと握って、空高く舞い上がります。ああ、やっと立派な龍になれました!  龍が如意玉を見せびらかすように人里の上を飛んでいると、村人が跪いて祈りました。 「ああ、龍神様。この村はもういく日も日照りが続いております。どうか雨を降らせてください」  龍は焦りました。この如意玉はただの見せかけ、神通力なんてないのです。  でも見栄っ張りの龍はそんなこと言えなくて、コソコソ爪で掴んだ何かに尋ねました。 「なっ、なぁ、あんた、なんとかできないか?」  無茶振りにも程がありますが、何かは快く頷きました。  気合いを入れてダラダラ汗を垂らし、身震いしてそれを飛ばして、はい。雨の出来上がりです。  降り注ぐ何かの出汁たっぷりの雨に、村人たちは甘露だ甘露だと跳び上がって喜びました。  龍も一安心でしたが、困ったことになりました。  何かが降らせた雨が五穀豊穣病魔退散健康長寿と、まぁ色々ご利益があったとかで、そんなに強い如意玉を生めたならと、龍の一族を総べる天帝様にお仕えする話が持ち上がったのです。 「そんなの無理だよ」と龍は尻込みしましたが、一族は「名誉じゃ名誉じゃ」と大喜び。  結局、胴を小さく縮めながら龍は天界に出仕して、天帝様にご挨拶しました。 「初めまして。あのぅ、よろしくお願いします、天帝様」 「うむ」  そう頷く天帝様は、さすが龍を総べるお方。その胴は並の龍が見上げるほどに大きく、たてがみも立派なフサフサで、ツノはいくつにも枝分かれして、手の内で輝く如意玉は眩く白く、もちもちで、微笑みも深く……  ええ、はい。何かでした。紛うことなく。 「あの、天帝様? それは……」 「うむ……」  見栄っ張りの龍と同じように、天帝様も若い頃如意玉が生めず、思い詰めて山で見かけた何かを如意玉の代わりにして、なんとか誤魔化しながら生きてきたのです。 「そ、そんな。天帝に登り詰めるほどの力を貸し与えるなんて。  こ、こいつは一体なんなのですか!?」 「わからん……無償で助力してくれるのに甘えて、ここまで来てしまったが……  いい加減無理が来たので、正真正銘才能豊かな若者に跡を譲りたかったのだが……  そうか、おまえもか」  見栄っ張りの龍はゾッとしました。そこにいるのは偉大な先達などではありません。情けない自分の未来です。  目が覚めました。見栄を張って、見栄に支配されて生きていたら、待ち受けるのは自分のない空っぽの生。そんなのはごめんです。 「申し訳ありません、自分は大変な間違いを犯しました。  これからは正直に生きたいと思いますっ。失礼します!」  言い捨てて、龍は大急ぎで天界から逃げました。   *  *  *  何かのいた山に降りて、龍はそっと如意玉にしていた何かを置いて言いました。 「今までありがとう。目が覚めたよ。  僕は如意玉が生みたかったんじゃなくて、立派な龍になりたかったのに」  何かはそっと龍の爪を握って、応援してますよ、と言いました。 「ありがとう。君に誓うよ。何百年かけても、自力で立派な如意玉を生んでみせる!」  そう決意して空に帰っていく龍を見送って、何かは、ところで、如意玉とはなんなのでしょう? と無い首を傾げました。  モゴモゴと体内を蠕動させて、ゲロリ、と眩く輝く金の珠を吐き出します。  人里に雨を降らせたときに、体の中に生えてきた、とても立派な宝珠ですが……  まあ良いでしょう、と、ゴクリ、とまた珠を飲み込んで、何かは山道を歩く旅を再開しました。  空を少し振り返って、流れる雲に龍の足跡を見て、ソ、と微笑みます。  応援していますよ、とささやいて、何かは山を降りていくのでした。  今は昔、神も魔物も仲良く地上を流離って、大喧嘩で世を騒がせていた頃。  神でも魔物でもない何かに振り回された、かわいい命たちの物語。