100%昔?話「おいしかった友達」
昔々、かどうかはわかりませんが、隣町に行くのに徒歩で山を越えないといけなかった時代。
山道で運悪く足を滑らせた男が洞窟で身を休めていると、さらに運の悪いことに雪が降り、洞窟に閉じ込められてしまいました。
冷えていく暗闇に、痛む体。これはもうダメだと男が観念していると、暗い洞窟の奥から、白いもっちりした、人か獣かよくわからない生き物が現れて、男にニコリと微笑みました。
「やぁ、おまえも雨宿りかい?」
夢だと思ったので、男もニコリと笑顔を返しました。よくわからない生き物は男に寄ってきて、ぺとりと男に抱きつきます。
その肌の柔らかく、ふかふかのもちもちで、なんとも言えず心地よかったこと!
おまけに体は炊きたての粥のように温かく、男はうっとりと生き物を抱き返して、すやすやと眠りにつきました。
目が覚めても、生き物はそこにいました。いまさら不気味に思う理由もなく、男は生き物と下山を試みましたが、洞窟の外は雪で閉ざされています。
仕方なく洞窟の奥に進むけど、進んでも進んでも終わりはなく、どんどんお腹が空いてきます。だけど食料はありません。
お腹が冷えて、ひもじくて、それ以上に、手をつないでいる生き物が、口に含んだら気持ち良さそうで。美味しそうで。ツバが湧いて止まらなくて。
男が見下ろすと、生き物はニコリと微笑みました。
「……ごめん。ごめんなぁ」
男はボロボロ泣いて、泣いて、それでも我慢できなくて、とうとう生き物を抱え上げて、かぶりつきました。
ああ、その歯ごたえと来たら! つきたてのモチのような舌触り。大福のような仄かで品のある甘み。そのくせ喉に詰まることなくトロリと蕩けて胃に滑り込み、ポカポカ体を温めます。
こんな美味しいもの、いいえ、食べていて気持ちが良いものは、将軍様だって口にしたことは無いでしょう。男は夢中でむさぼって、気がつけば男のお腹はポカポカずっしり腹八分目。
そして何かわからない生き物は、すっかり姿を消していました。
「……ごめん。ごめん。ごめんごめんごめん! ゆるして、ゆるしてくれ!!」
ついさっきまでの自分の浅ましさに、男は愕然と膝をつきました。後悔しても、出会ったばかりの友達は、もう帰ってきません。どこにもいません。
いいえ、そこにいます。男の腹の中に。
自分の腹を裂く度胸もなく、男はずっと地面に突っ伏して泣きました。
ずっと。雪が止み、泣き声を聞きつけた麓の狩人に助け出されるまで。
ずっと。ずっと。
* * *
昔々、かどうかはわかりませんが、レントゲン撮影なんてなかった頃。
とある村に、山で一冬遭難したけど生きて帰った男がおりました。
生きて帰れた理由を、男は友達が助けてくれたと言うばかり。元来人好きの男でしたから、やがては嫁をもらい、子宝にも恵まれ、孫にも恵まれました。
男は生涯、食うに困ることがありませんでした。いいえ、お金持ちだったわけではなく、お腹が空かなかったそうです。
食うには食うのですが、そんなに食べなくてもいつもお腹が温かくて、寒い冬もへっちゃらで、だけど決して、冬の山に足を踏み入れることはなかったそうです。
そうして、男は子どもたちと孫たちに囲まれて、畳の上で息を引き取ったのですが……
男が亡くなった晩。
ふと目が覚めた幼い孫が、かわやに行く途中で祖父の眠る床の間を横切ると、もう動かないはずの祖父の口から、にゅるりと白い何かが這い出てきました。
その丸くて白い何かはクルリとふり向くと、孫にニコリと微笑んで、そのまま庭から山へと姿を消したそうです。
孫が自分の見たものを親に伝えると、それはきっとお祖父ちゃんの人魂で、最期にお別れをしてくれたんだと、そう教えられたそうですが……
今は昔、いつかのどこか、何かのうたかた。
知らぬが仏か教えろ糞馬鹿か、なんとも言えぬお話でございました。