遺言

 一面金色に染まった野原は美しかったが、それは郷愁とか、寂寥とか、そんなものばかりを思い浮かばせた。 (……しょうがないのかな)  眼前に──まだ遥かに遠いはずなのに、その雄大さゆえ眼前に見える救いの塔は、確かな予感を持って自分たちの前にそびえ立っている。  世界の救済と、私の死。  ロイドは、まだ気づいていないだろう。私は、それだけは最初から知らされていた。この旅に出る、ずっと前に。神子が天使になるということは、神子の死を意味するのだと。だからそれまでは、精一杯生きようと思った。  緩慢に、人である生を剥ぎ取られるとまでは、思っていなかったけれど。  ロイドが近づいてくる。ポケットから何かを取り出す。  これ、遅くなったけど。誕生日のプレゼント。  顔を輝かし、受け取ろうとして、そのペンダントはもう、壊れていた。  ごっ、ごめん。いつの間に壊れたんだろう。  ごめんな、すぐ直すから。  慌てるロイドに、ゆるやかに首を振り、手のひらに文字をつづった。  待ってる。天使になってもずっと、待ってる。  天使になって、私が死んで、平和になった世界で私のお墓にロイドのペンダントがかけられていたら、私はきっと、嬉しいだろう。  そう考えて、顔が曇った。みんなが幸せになれる方法があったらいいのに。  少し前、しいなが言ったこと。シルヴァラントともう一つ、マナを搾取し合う世界がある。テセアラ。しいなの故郷はそこだ。私がシルヴァラントを再生させたら、今度はテセアラが衰退してしまう。  それでも、シルヴァラントとテセアラ、どちらかしか救えないのなら、私はシルヴァラントを救う。私の故郷はここだから。私の救いたい人がいるのはここだから。だけど。  みんなが救われる方法があればいいのに。  涙をこらえなくても泣けないのは、ある意味楽だった。一時いっとき顔を見られなければ、それでごまかせる。  少し強い風に、もしかしたらロイドは寒いだろうかと顔を上げれば、ロイドは、この旅が終わったらどうする? と尋ねてきた。  この旅が終わったら。  その問いには答えずに、逆にロイドに尋ね返した。手のひらに文字をつづる。  ロイドは?  俺? 俺は……そうだなあ、でっかい船を造って、平和になった世界を見て回りたいな!  俺だけじゃ道に迷いそうだから、ジーニアスとリフィル先生もいっしょに。クラトスを護衛で雇ってさ! リフィル先生にはクララさんも見つけたとき治してもらわないといけないし、ショコラのことだって心配だしな。  世界再生が成功したらディザイアンは封印されるから、まずイセリアに戻って、そこからパルマコスタにショコラを送るのが最初の旅だな。……向こうは嫌がるかもしれないけど、でも、カカオさん、早く安心させないといけないし。  んで、しいなにテセアラに行く方法を教わろう。こっちが再生したら向こうは衰退するんだろ? そんなのなんかヤだし。両方助かる方法を探そうぜ。  ……そんときはお前も乗せてやるよ。天使になっても一緒だ。  一番に乗せてやるからな!  そう言ったロイドの笑みに、嬉しくて笑った。涙は出なくても笑うことができた。  嬉しかった。悲しいこと全部拾い集められて、悲しいことなんてないんだと言われた気がした。  そろそろ帰ろうぜ。  ロイドが手を差し延べる。辺りの金色に、もう悲しみは覚えない。差し出された手のひらに指を乗せて、たくさん言葉を書きつづった。  言えなかったことと言いたかったこと、それから──…  全部書き終わると、速すぎてわからなかったのだろう、ロイドは顔に疑問符を浮かべていた。  今、なんて書いたのか。怪訝な顔をしたロイドに、困ったふうに笑い返した。  それで最後にした。