優しい門出
イセリアの夜は少し寒い。リフィルは毛布を被り、暖炉の傍で紅茶を飲んでいた。
もう随分と遅い。子どもたちはもう寝ただろうか。教え子たちの顔を思いだして、少し、寒さが増したように思う。毛布を握りしめて、また一口お茶を含んだ。
自分は、良い教師でいられたのだろうか。考えて、リフィルは思いだす。昼間、この村に帰ってきたときのことを。
『しかし俺様、リフィルさまがいつ村長にきっつーいこと言うのか、楽しみにしてたんだけどなぁ』
『あら。ブタに何か言うことがあって?』
そう言って、誤魔化した。嘘だった。元々村長に何か言うつもりはなかった。言っても無駄だから。それは村長の人となりとは関係がなく、ただ、この世の中はそういうものだからだ。
ハーフエルフは虐げられる。ハーフエルフは蔑まれる。ハーフエルフは何を言われても仕方がない。
それが世の理。何を言われても、黙っているつもりだった。だって、それが当然なのだから。私はハーフエルフなのだから。言い返す言葉など存在しない。何を言う権利も私には存在しない。そう思っていた。けれど。
『ジーニアスはね、村で一番頭いいんだ。村長さんより賢いんだよ』
『リフィル先生は怒るとこわいけど、でも、わからない問題があるといっしょに考えてくれるの。それでね、解けたらいっしょに喜んでくれるの。優しいの』
寒さが増した気がして、リフィルは毛布を握りしめた。私は、良い教師でいられたのだろうか。答えの出ない問いが脳裏を彷徨う。
ハーフエルフへの差別に関して、自分は何一つ子どもたちに教えてこなかった。ディザイアンの大半はハーフエルフであるという事実と、ハーフエルフは世界中で差別されているという事実を淡々と教え、それに関して皆がどう思うかは、放置し続けた。
何も言わなかった。ハーフエルフへの差別。それが良い事なのか、当然な事なのか。意見を言わず、意見も求めず、ただ事実だけを教え、目を逸らし続けた。けれど。
今日、何も教えてこなかった子どもたちが、私に答えを突きつけた。
『先生は、先生だろ』
寒さが増したような気がして、リフィルは毛布を引っ被った。冷めたお茶を飲んでも、寒さは消えない。
暖炉に薪をくべて、燃え盛る炎を見つめる。眠れない。答えの出ない問いかけが脳裏を彷徨う。迷走する思考に反して頭は冴え渡り、いつまでも子どもたちの答えを再生する。
堪え切れなくて、吐き出せば少しでも楽になれる気がして、リフィルは呟いた。
「私は、良い先生でいられたのかしら」
答えてくれる人は傍にいない。
彼らの許へ向かう勇気は持てずに、リフィルは一晩中、暖炉の火を見つめ続けていた。