無窮の星

 眩しい夜空を、ひとり見上げる。  そんな後ろ姿を、かつて、目にしたことがあった。 「眠れぬのか、神子よ」  白々しいと自分でも思いながら、クラトスはその後ろ姿に声をかけた。  少し驚いたのだろう、目を見開いてふり返り、クラトスの姿を認めてから、コレットは微笑んだ。  痛ましい。そう思ったが、クラトスは顔をしかめなかった。こんなときは自分の鉄面皮がありがたくなる。彼女が微笑んでいるのに、自分が顔を歪ませるわけにはいかなかった。  コレットが答える。 「ちょっと、目が冴えちゃって。クラトスさんは?」 「傭兵の習慣だ。気にすることはない」  目を逸らし、空を見上げた。黒い天絨毯びろうどに銀粉を散らしたような、満天の星。澄んだ大気で見る星空は暗闇の方が少ない。今でこそ慣れて落ち着いているが、ロイドも最初はひどく興奮し、毎晩空を見上げて夜更かししていたものだ。  そして彼女も。彼女も、星空が好きだった。いや、好きだと信じ込んでいた。よく夜更かしをしては空を見上げていたから、そう思い込んでいた。本当はその逆だったのだと、それを知ったのは、情けないことに、随分後のことだった。  過去の追憶に顔を歪ませないように気をつけながら、しかしクラトスはコレットに言う言葉を見つけた。 「眠れぬ夜は星を数えるといい」 「星、ですか?」 「ああ。すべての星を数えきるには人生は短すぎる。時間を潰すにはもってこいだろう」  四千年の時を費やせば、どうだろう。クラトスは星を数えて夜を過ごしたことなど、数えるほどしかない。覚えている限り、初めて数えたのは、彼女といっしょに過ごした夜のことだった。  時間が経つのを遅く感じて、ふたりで星を数えた。彼女がいなくなって、しばらくは数えて時を潰していたが、やがて虚しくなって止めた。  そんな自分が、今、目の前の少女に夜を過ごす方法として星を数えることを勧めている。どうしようもなく滑稽で、しかし、笑えなかった。  だが、コレットは真面目な顔で肯いて、そして微笑わらった。 「そうですね。そうしてみます」  眩しい夜空を見上げ、星を数え始める。そんな後ろ姿を、かつて、目にしたことがあった。  いつも夜更かしをしては、星を数えていた。体に障るから止めろと言っても、聞かなかった。そんなに星が好きなのかと呆れたが、後にそんな自分に呆れ果てた。考えてみればすぐに分かったはずだ。眠らずに星を数えてるのではない。眠れないから星を数えていたのだ。  不安で、怯えて、眠れず、誰にも言えず、ただ星を数えて、恐怖を紛らわしていた。  今、同じように怯える少女を前に、しかしクラトスにできることは何もない。彼女が隠そうとしている以上、彼女の体に気づかぬふりをしている自分が傍にいてやることはできない。被害者の彼女を加害者の自分が慰めようなどと、思い上がった自己満足に過ぎない。  背を向けて、ゆっくりと立ち去った。コレットは空を見上げている。彼女は星を数えるだろう。夜明けまで、これからも。眠れぬ夜を、いつまでも。苦い唇を噛みしめ、何も言えずに、クラトスは立ち去った。  空には、満天の星。  四千年の月日を費やしても数え切れない、無窮の星が、終わらない夜のように続いていた。