生まれ落ちた哀れな子

 そんなはずない。そればかりが耳に反響する。そんなはずない。そんなはずない。そんなはず、そんなこと 「許さないからな!!」  叫びが、力を呼び起こした。人体など容易く粉砕する力が無差別に放たれる。  だがそれは誰に当たることもなかった。目の前の姉。視界に映る、仲間の姿。誰に当たることもなかった。  砕けた壁の破片がそこかしこに降り注ぐ。崩壊。そんな言葉が浮かんでくる。  降り注ぐ瓦礫をその身に浴びながら、しかし姉は目を逸らすことなく自分を見つめ続けた。いつも浮かべられていた微笑みは、最早どこにも存在しない。  凍てついた鏡のようにまっすぐに、姉は自分を見ている。無様な自分を。愚かな自分を。姉が見ている。  今まで見たことのない表情を、姉は浮かべていた。悲しみとは少し違う。悲しみを通り越した、あきらめのまなざし。  もうやめて。姉が囁く。  こんなことはやめて、昔のあなたに。  懇願の響きを持たない、あきらめきった声。何を言っても無駄だと悟りながら、それでも口にした、悲しい言葉。  失望していると、どこかで悟った。姉は自分に失望している。苦境に遭って望みを失わず、絶望をその身に感じながらあきらめず、いつも微笑んでいた姉が、今、あきらめの声を口に出し、微笑むことをやめて、自分を見ている。悲しみとは少し違う、憐れんだまなざしで。  さようなら。  死んだ人の声で、姉が別れを告げた。引き留めようとして、しかし声は言葉にならなかった。  姉が去る。大いなる実りに再び吸収される。声が聞けなくなる。  もう一度、せめてもう一言だけでも何かを聞きたくて、追い縋ろうとした矢先に耳に触れたのは、今までで一番、悲しい言葉だった。  静寂が満ちた。  姉の姿はもうない。ただ、姉が最後に残した言葉だけが、耳に反響する。  笑い声がこぼれる。自分の口から。少しずつ。次第に大きく。割れ始める。そんなはずない。そればかりが耳に反響する。  誰かが叫んだ。やめて。私の中のマーテルが、ミトスを止めてって泣いてるの。  うるさい。違う。そんなはずない。そんなことが起きるはずない。姉さまが、姉さまがあんなことを言うはずがない。 『こんなことになるのなら、エルフは、デリス・カーラーンから離れるべきではなかったのかもしれない』  笑みが割れた。 「ははは、そうか。姉さまはデリス・カーラーンへ帰りたかったんだ」  そうだ、姉さまは帰りたかったんだ。こんな汚れた大地に生まれたくはなかったんだ。  そうだ、そのはずだ。あの言葉の意味は、きっとそういう意味だ。そのはずだ。そんなはずないんだ。 『そうすれば、私たちのような狭間の者は、生まれ落ちずにすんだのに』  姉さまが、ボクなんて生まれなければよかったなんて、そんなこと、思うはずが、ないんだ。