呪う運命
「王……元気を出してください」
「ナッちゃん」
いつものように傍らを飛んでいる僕が、常ならざる心配げな表情をしている。エストは首を傾げた。
「変なナッちゃん。私元気ダヨ?」
「ですが、その……何だか、物憂げに見えます」
目を見開いた。自分で気づいて……それを、誤魔化す。
「そんなコトナイよ。私、元気。私、闇の王。
行こう、ナッちゃん」
飛び上がる風は強いが、気にするほどのことでもない。この布に包まれた内側は、あらゆる不快感から隔絶されている。
だが、彼らは……思い出して、また眉をひそめた。
数日前、己の手で吹き飛ばした人間たちは、何度か面識があった。慰めてもらったこともある。
ケガをしなかっただろうか。元気でやっているだろうか。ふと気づけばそんな心配をして、慌てて打ち消す。私は闇の王。旋風で彼らを吹き飛ばすのを選んだのは私。だから気にすることはない。
そう、これで彼らも思い知っただろう。私が闇の王だと。だから、そう。
仲良く、なんて。
動きが止まっていた。空のただ中で、ぼんやりと。エストは傍らの僕に笑みを投げかけた。
「休憩しヨッか、ナッちゃん。今日はお休み」
ただ一人の友は、何も言わずに、ただ肯いてくれた。
* * *
そんなつもりはなかったのだ。
自分でも何かできることがないかと、それだけだった。
『見つけたか?』
『いや……オイ、あっちだ! 捕まえろ!』
追っ手の言葉を彼女が理解することはなかった。それができるほど、彼女はまだ彼らの言葉に慣れていない。
声の調子から何か不吉な予感がして、逃げ回っている。ただそれだけ。彼女は自分が何をしてしまったのかも知らない。
『クソ。助けてやったのに、恩を仇で返しやがって』
『愚痴ってる暇があったら探せ。あのガキ、思い知らせてやる』
この村は水で困っていた。言葉もわからず、難儀していたところをたまたま助けられただけの彼女にもそれはわかった。
恩返しをしたかった。それだけだった。あまりにも小さな井戸に、水を呼び寄せようと力を振るった。
村人が必死の思いで掘り返した小さな水源は、急速にあふれ返り、泥が混じって使い物にならなくなった。
「どうして……」
だが、彼女にそれはわからない。彼女にわかるのは、確かに手応えを感じたこと。途端に村人の態度が豹変したこと。そして今追われていること。何が何だかわからず、彼女は彼女にしかわからない言葉でつぶやいた。
「仲良くなれたのに」
仲良くなれたって、信じてたのに。
* * *
「どうして?」
赤い火の粉を呆然と見つめる。どうしてこんなことに。呆然と立ちすくむ。
鞄をなくして困っているようだった。これではないかと思って指差した。お礼を言われた。言葉はわからなかったけど、それはわかった。なのに……
どうして、その鞄が爆発するのだ?
わからない。首を振る彼女に、周囲の人間の目が突き刺さる。言葉はわからなくても、雄弁に自分の置かれている立場はわかった。
逃げること以外に、彼女に何ができただろう?
* * *
何度も繰り返した。誰かを幸せにしようとすれば、必ず失敗した。言葉もわからず理由もわからず矢持て追われた。
やっと言葉がわかるようになった頃、彼女は誰も信じないようになっていた。
信じたって裏切られるだけ。仲良くなんてなれない。悲しいだけ。絶望が残るだけ。
そう、私は誰もいらない。誰も信じない。みんなみんな争い合い憎み合えばいい。そんなことを願う私は悪。悪でいい。
私は、みんなを不幸にする。そうすることを望む。私は、
平和なんて、望んでも。私は。
* * *
「ナカヨクなんて、そんなの……」
「王?」
腰かけた枝の上。気がつけば、傍らの僕が心配そうに顔を見上げていた。慌てて笑みを取り繕う。
「だいじょうぶダヨ、ナッちゃん。私は元気」
そう、私は、平気だ。けれど、彼らは。
数日前に自ら吹き飛ばした知人の心配を、またしてしまう。慌てて打ち消しては、繰り返し。彼女は気づいていない。
誰かを幸せにしようとすれば、失敗した。誰かを不幸にしようとして、失敗し続けている。自分に仕え、ただ傍にいるだけの友は何の影響も受けていない。その法則。彼女にかけられた呪い。
彼女が誰かに幸福をもたらそうとすれば、それは災いに変わる。
彼女はまだ気づいていない。刻まれた呪いが真の姿を現す日はすぐそこ。彼女が誰かの幸福を心から願い、それに力を貸そうとしたときに。彼女が彼らを曇りなく友に数えるようになったときに。
その刻はもうすぐやって来る。否応なしに。エストはため息をついた。
心配そうに指先を弄ぶその姿は、年に見合わぬ幼さを見せながら、憂いを帯びて美しかった。