拒んだ言葉
喧嘩でもすればよかったのかな、と、今になってアニスはそう思う。
度が過ぎて純真無垢な両親の下で暮らしていた自分は、年齢に比べて大人びている方だと、自分でもそう思ってたし、今になって当時をふり返ってもその評価は変わらない。けどやっぱり、子どもっぽいところもたくさんあったのだ。
悪ぶって冷めた目線で世の中を見ようとしながら、自分にはどこか潔癖なところがあった。不快と感じたものをどうしても許すことができず、やたらと攻撃的に接し、関わらないようにしていたと思う。
あまり粘着質でない割り切りの良い性格のおかげで、それは嫌いな人間との距離を置くために作用していた。けれど、そうするのではなく……眉をひそめ、憎まれ口を叩いて顔を背けるのではなく、たまには拳と拳で語り合ってみてもよかったかもしれない。
相手の顔をしっかりと見据えて、胸の内の苛立ちを面と向かって吐き出して、そして、それに対する相手の言い分も聞いてみてもよかったかもしれない。
今になってそう思うのは、いなくなった人たちのことを、失ったと、そう思えるようになったからだろうか。
聞けばよかったのだ。苛ついて、むかついて、自分は相手の言葉を聞こうとしていなかった。それが不愉快なものだったから。他人にばかり責任を押しつけて、自分の過ちを省みようとも受け止めようともしない、無責任なものだったから。自分の責任から、罪から逃れられない自分は、それに苛ついて罵倒するばかりだった。
聞いてみればよかった。自分のせいじゃないと泣く人たちに、人のせいにするなと叱咤するだけでなく、人のせいにせずにはいられない苦しみを、聞いてみればよかった。
それができるほど自分は大人ではなかったし、そう思えるほどの余裕も持ち合わせていなかった。羨む気持ちもあったと思う。自分は、人のせいにはできなかったから。
大好きな両親を憎むことはどうしてもできなかったし、自分のせいじゃないと言い訳するのはプライドが許さなかった。だから、人のせいにできる人間が羨ましいと、そう感じていた部分もあったのだろう。当時は認められなかったけど、今は、そう思えるようになった。
あいつのおかげだろうか。認めるのはやっぱり癪だけど。ちょっとだけ、そう思う。
『お、お前らだって何も出来なかったじゃないか! 俺ばっか責めるな!』
最低だと思った。あんなにたくさんの人を死に追いやって、最初に出てきた言葉は責任転嫁。
馬鹿だと見下して、愛想を尽かして、さっさと忘れた。けど。
『分かんねーよ! ガイにも、みんなにも! 分かんねぇって! アクゼリュスを滅ぼしたのは俺なんだからさ!
でも、だから、何とかしてーんだよ!』
悼む心が、ないわけじゃなかった。優しい心があったのだ。最低だと軽蔑するのは簡単だったけど、見捨てるには早すぎた。
もちろんそう思えるようになったのは、その後見違えるように変わっていったのを見てからだったけど。だけど。
『うん、うん……偉かったな、アニス』
辿々しい、不器用な手のひらに、あのときどれだけ救われただろう。遠い昔、自分が蔑んだ手のひらに、あのときどれだけ優しくされただろう。
もっと、よく見ておけばよかった。見ようとすればよかった。無意味な後悔が胸によぎる。もっと、自分が、自分には受け容れがたい言葉にも、認められない言葉にも、耳を傾けていたら、もしかしたら、
あんなことには。
『……イオン様……どこ……? 痛いよぅ……イ、オ…………』
殴り合えばよかった。人形の力を借りるのでもなく、魔物の力を借りるのでもなく、自分たちだけの力で、殺し合うのではなく、喧嘩をしてみればよかった。
そうすれば、もしかしたら、あいつとも、友だちになれていたかもしれない。
馬鹿げた考えではあったが、ありえないと笑うことも、何であんな奴と と顔をしかめることも、もう、できそうになかった。