舞姫の最後の舞い

 二連の紅が蝶のように閃く。蛇のような鎖がそれに続き、ベルベットの周りを嵐のように巡る。  鋼と鋼が打ち合う音がする。火花の散る音がする。金属のへし折れる音が、ねじ切られる音がそれに続く。軋んで折れる鉄の腕。蒸気を噴き出す隙間が鎖に縫いつけられていく。  閉ざした目蓋にそれらは映らない。映す必要はない。ベルベットは目蓋を閉ざしたまま、絶望を吐き出す大釜を破壊していく。  祖父王の叫びが耳を刺す。やめろ。何をしている。余の命令が聞けぬのか、ベルベット。  ベルベットは聞かなかった。体は震えた。背筋は怯えた。けれど鎖は迷わずコルドロンを破壊し続けた。  指先で操るサイファーはベルベットの腕に絡みつきながらどこまでも伸び、巨大な釜を布を縫うように縛りつけていく。壊すことなく縛りつける。ベルベットを縛るように守りながら。母を守るために祖父が作らせた鎖。母から取り上げられ自分に与えられた鎖。祖父の歪んだ愛の形。ずっと私を守り、縛ってきた鎖。  砕けた金属片すら撃ち墜とし、鎖はベルベットに傷一つ負わせなかった。波打ち、壊し、守り、縫い止め、縛りつけ、けれど、どこまでも伸びていく。母から私に譲られた愛の形。  目蓋に映るのは祖父の声と顔。それに、鞭の音。泣きながら私を叩いた。愛していると言いながら私を蔑み、傷つけ、けれど傷を癒すときは優しかった。  城に飾られていた、優しかった頃の祖父の肖像。狂った祖父にその面影は見出せず、けれど、疲れ果て、眠りに落ちたとき、ふと微睡みながら見た、私の頬に触れながら微笑む祖父の顔。  畏れながら、怖がりながら、けれど憎むことはできなかった。お祖父様。憎めたなら、どれだけ楽になれただろう。 『いずれ世界に仇なす御方。魂の安らぎを切に願わん』  憎めたなら、こうなる前に、祖父を止められただろうか。  紅の軌跡が頂点を目指す。すべての腕を縛りつけられ、コルドロンが軋みを上げる。終わりが近づく。ベルベットは腕を掲げ鎖を操った。舞姫の踊り。祖父に捧げる最後の舞い。  祖父が怒り、遂に指先を振るった。ベルベットは恐れなかった。放たれた雷が、青い軌跡に阻まれて宙に消える。青いプーカが剣を構え祖父の前に立ちはだかる。  最早ベルベットを守るのは鎖だけではなかった。恐れるものなど何もない。ベルベットの腕から鎖が離れた。  コルドロンの頂点。世界からフォゾンを吸い上げた大釜の目玉が、断末魔のように軋みを上げて千切れ、滅んだ国に墜ちていった。