吐息を重ねて

 どうして、こんなことになったんだろう。あの人は人間なのに。  ため息をついたのはこらえきれなかったからで、すぐに反省した。 「陛下、どうかなさいましたか?」 「いいえ。少しお腹が空いただけ」  冗談めかした答えを告げ、笑みを浮かべる。女王が不安を顔に出せば民も不安になる。毅然と、しっかりとしなければ。私は女王なのだから。けれど。 (──…イングヴェイ)  また、考えてしまった。政務の間は考えないようにしているのだが、中々上手くいかない。  ため息を噛み殺し、メルセデスは臣下の話に集中しようとした。 「それで、陛下、蛙の件ですが」  嫌でも集中できた。 「……カエル?」 「ええ。蛙は小さな妖精を食べてしまうので、見かけたら狩るのが通例なのですが……その……」  皆まで聞かずとも理解できた。少し前までは誰もが躊躇わず蛙を狩り、自分も蛙狩りに興じていた。だが、今では状況が違う。反乱軍の鎮圧に多大に貢献し、女王の執政を大いに助けた一匹の蛙のことが、皆の頭を離れないのだろう。  無意味な感傷だ。あのカエルは呪いで姿を変えられた人間で、本来は蛙ではなかった。蛙を狩るのをやめたところで、カエルへの恩返しになるはずもない。けれど…… 「……躊躇う者が多いのなら、無理に狩る必要もないでしょう。強要はせず、各自の判断に任せなさい」 「はい。仰る通りに致します」  ほっとしたように頭を下げ、去っていく臣下から目を逸らし、メルセデスはそっとため息をついた。  無意味な感傷だ。わかっている。だがメルセデス自身、あれ以来蛙を狩ったことは一度もない。  イングヴェイ。また、その名をくちびるでなぞる。名前を知ったのは最後で、面と向かって呼べたことは一度もない。あいたい、と、秘かにつぶやいたところで、願いがいつ叶うのかもわからない。  願いが叶うその日まで、精一杯努力しようと思った。あの人と再会する日には、一人前の女王として、胸を張って話をしたい。  そういえば自分は、感謝の言葉も素直に伝えなかった。話したいことが増えて、ため息がまた一つ。立派な女王に、なりたいのに。 『危なっかしいけど、君はもう、ちゃんと女王をやれてるよ』  そう言ってくれた、あの人の期待に応えたかった。けれど、あの人のことを考えると、胸が苦しくて、頬が熱くなって、どうすればいいのかわからなくなる。顔を上げなくては、と思っても、俯いて何を言えばよいのかわからずに、結局、あの人の名前を呼んでしまうのだ。立派な女王ではなく、恋する少女そのものの風情で。  どうして、こんなことになったんだろう。いつの間にか大切な存在になっていたことは認めるけれど、あの人は蛙だったのに。呪いが解けて、元の姿を見た途端、胸の震えが止まらなくなった。  呪いが解けなければ、あの人を好きになることはなかったんだろうか。呪いを解かなければ、あの人はずっとそばにいてくれたんだろうか。  難しいことはわからないけれど、今は寝ても覚めてもあの人のことばかりで、そればかりは、自分ではどうにもならないことだった。