罪を重ねて、罪を殺して
一歩進むごとに、少しずつ体が重くなっていく気がした。足に鉛がつけられる感触。背中に見守る男の視線を感じながら、重い体を引きずる。
俺がやろうか。珍しく、本当に珍しく、そう聞いてきたアーロンに、自分にやらせてくれと、そう答えたのは自分だ。自分がやるべきだとも。自分で言った。自分で決めた。だから、やり遂げなくてはならない。
いっしょに旅してきた仲間たちは、今ここにいない。信心深いワッカやルールーには、こんなことできないだろうし、やらせたくないし、見せたくもない。リュックもそれは同じだ。
或いは話せば代わってくれたかもしれないが、それは逃げだと思った。逃げたくない。どうせ逃げられないのだから。自分で選びたい。そう思った。
ごめんなさい。そう呟く。結局、別れは告げなかった。告げなかったし、告げられなかった。
(全部終わったら、次はお前のザナルカンド探しだな)
ごめんなさい。次はない。全部が終わったら、そこに自分はいない。謝り続ける脳裏に、ユウナの顔が浮かんだ。
ごめんな。究極召喚の代償を黙っていた彼女の気持ちが、やっとわかった。思いやりとか、そういうの抜きにして、言えなかった。俺も、怖かったから。言ったら、本当に、本当にそうなるってわかってたけど、何か、あきらめるみたいで、怖かった。
辿り着く、ガガゼト山の頂上。たくさんの祈り子たち。ごめんなさい。ただひたすらに謝る。謝ったってどうしようもないのに。それでも、他に手は思いつかなかった。
ガガゼト山の祈り子たちは1000年前のザナルカンドを夢見ている。祈り子の見る夢は召喚獣となる。召喚獣ザナルカンド。シンの中でエボン=ジュはそれを召喚している。十年前、大召喚士ブラスカはジェクトを祈り子に究極召喚を発動させた。夢のザナルカンドから来たジェクトを。
そして道は開けた。究極召喚を使わずに、シンを倒す方法。
ガガゼト山の祈り子たちを破壊する。
そうすれば夢のザナルカンドは消える。
そこから来たジェクトも。
ジェクトが生み出している究極召喚獣──シンも。
むき出しになったエボン=ジュをユウナたちが倒して、終わりだ。
全部終わる。シンの脅威も。祈り子たちの夢も。ザナルカンドも。親父も、自分も。
この祈り子たちを、殺したら、それで。最後なのだ。
背中を見守るアーロンを、一度だけふり返る。
結局、みんなには何も言わなかった。ただ自分とアーロンがシンを消すから、みんなはエボン=ジュを倒してほしいと。それだけ言って、なんとか、納得はしてもらえなくても、わかってもらった。
ごめんなさい。色んなものに謝る。
ワッカと、ルールーに。リュックに。ユウナに。キマリ。ユウナをよろしく。きっと泣いてしまうから。十年前と同じように、そばにいてやってほしい。俺にはもう無理だから。せめて。
辿り着いた祈り子たちの前で、もう一度謝る。ごめんなさい。子どものように。
俯いた頬に、誰かの指先が触れる。
『夢が終われば、お前も消える。
スピラの海に、溶けていくだろう』
女性の幻が、目の前に浮かんでいた。見知らぬ、だが見知った姿。ユウナの召喚獣、祈り子の、生前の姿。
『でも、嘆かないでおくれ……
でも、怒らないでおくれ』
労りを籠めて、頬を撫でてくる。感触はない。本当の意味では触れてさえいない。
けれど、その指先から、こちらを見つめる眼差しから、色んなものがこみ上げてきて、胸を塞いだ。
『我らとて、元は人だから……
夢を見ずには生きられない』
罪が消えれば、シンは消える。寺院はそう説いてきた。けれど今、罪を犯して、自分はシンを消そうとしている。
結局、罪は消えないのだろうか。罪を犯して、罪を償う。人はそうすることでしか生きられないのだろうか。
けど。罪は消えないと言った人を思いだす。ユウナレスカ。違うんだ。人は罪を償うために生きるんじゃない。悲しみを忘れて生きるのでも、安らぎに満ちて死ぬのでもない。
物語を終わらせるために。自分勝手でも、罪でも、死ぬとしても。
これが、俺の物語だ。
『新たな夢の世界に、海を作ろう。
お前が泳ぐ、海を作ろう』
女性の姿は泡と消えた。滲んだ眼に、しかし唇は引き結び、最早謝意は示さなかった。
休ませてやれ。背後からかけられたアーロンの言葉に、肯く代わりに剣を振りかぶる。
突き立てた感触は、意外なほど柔らかかった。