ふり向いた先に

 行かないで。 ──自分は行こうとしたのに?  喉に突き刺さった言葉は、飲み込めば心臓が抉れる気がした。  消えないで。 ──自分は消えようとしたのに?  胸を塞いだ想いを、押さえ込むには心臓が必要だと思った。  死なないで。 ──自分は死のうとしていたのに?  心を砕く感情を、乗り越えるには何が要るだろう?  ずっと、夢は見なかった。見ちゃいけないと思った。見たって悲しくなるだけ。叶わない夢なんて悲しいだけ。そう思ってた。  キミが、見せてくれた。シンがいなくなった世界で、並んで歩く。そうなったら素敵だなって、キミが思わせてくれた。叶わなくても、叶わないとしても、それを夢見ることは幸せだった。  それだけでも幸せだったのに、もしかしたら叶うかもしれないって、キミが思わせてくれた。永遠のナギ節。シンのいないスピラ。そこをキミと歩く。そんな夢を見た。  欲張りすぎたのかな。そんなふうに思う。  キミと逢わなかったら、もしかしたら、私は究極召喚を使っていたかもしれない。他に手はないとあきらめて、大切な人も犠牲にして、自分を捨てて、シンを……倒して、束の間のナギ節を喚んでいたかもしれない。  けど、キミと逢わなくったって、アーロンさんに導かれて、ジェクトさんのことを聞いて、私はやっぱり、本当の意味で、悲しみを消そうとしていたかもしれない。わからない。もしもに意味はない。  ないけど、けど、キミと逢うことが、シンを倒す上で絶対必要だったとは、私は思わない。いっしょに来てほしかったのは、シンを倒すためじゃない。  傍にいてほしかったから。傍にいたかったから。いっしょに旅をしたかった。ただそれだけだったのに。  今、たくさんの人が歓喜に騒いでいるだろうこの時に、私は十年前と同じ、涙をこらえようと、声を塞いでいる。  逢えなくなる。すり抜けた体には、何の感触も残っていなかった。触れなかった。たくさんのものを失ったと思ったあの夜、抱きしめてくれた温もり。  逢えなくなる。なくなってしまう。もう二度と。  チャップさん。死んでしまった人。シンに殺されてしまった。どれだけ泣いただろう?  もう嫌だと思った。こんな想いをするのは。シンがいる限り、この悲しみはまたいつかきっと起こる。明日かもしれない。今日かもしれない。一時間後かも。今すぐだっておかしくない。そんな想いを抱えて生きるのは嫌だった。  スピラの平和。究極召喚。自分の命と引き換えなら構わなかった。大切な人の未来と引き換えだと知ったとき、嫌だと思った。みんなにはそれを許容させたくせに、勝手に。  ほしかったのは、みんなが心からの笑顔を浮かべる未来。そこに一番ほしかった笑顔が存在しないと知りながら、それでも前に進まなければならない絶望。  私は察していた。 (キミは、消えないよね?)  答えは返らなかった。  覚悟を決めなければならなかった。それなのに。  知っていながら、彼は前に進んだ。謝罪も、責める言葉も、引き留める言葉も、吐けるはずがない。  私も前に進んだ。何が起こるのか察していながら、それでも、信じたくなくて、もしかしたら、違うかも、しれないと、期待して。  勝手に。  どうして。 ──言わなかった私に言えるはずがない。  ごめんなさい。 ──同じ道を歩もうとしていた私に言えるはずがない。  さようなら。 ──そんなこと。言いたく、ない。  見上げた空は、朱と蒼の入り混じる黄昏。 「ありがとう」  それだけ言うことはできたけど、ふり返り、消え行く彼の姿を見送る勇気は、終ぞ持てなかった。