心の衝動
彼は自分を守ってくれるものと、信じてた。
どうして彼がそうしてくれるのかはわからないが、いつの間にか、エウレカは無条件にそう信じるようになっていた。
ホランドを初めとするゲッコウステイトの仲間たちが自分を守ろうとするのはわかる。彼らにとって自分はコーラリアンに通じる唯一の手段であり、デューイに対抗する切り札であり、共に戦う仲間だからだ。
だがレントンが自分を守ろうとするのは、よくわからない。もちろん、今ではレントンはゲッコウステイトの正式メンバーであり、同じLFOに騎乗するパートナーだったが、そうなる前から彼は自分を守ろうとしていた。
どうしてだろう。そう考えたことも何度かあるが、結局わからずに終わった。わからなくても彼を信じることができた。ニルヴァーシュを信じるように。
それは彼女にとってひどく心地よく、安心できるものだった。だが、しかし。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
* * *
冷たい感触に指を躍らせる。それはいつものことだった。起動してないLFOは動かしていない機械と同じ。身体を休め眠っている。
だが触れ合えば話をすることができたし、冷たさの内に温もりを見つけることもできた。なのに、それができなくなってしまった。
今こうしていても以前と同じ一体感は得られれず、違和感だけが募る。ずっと繋がっていた糸が途切れてしまったかのように、ニルヴァーシュの“原型”と自分の間にある鉄の鎧がそのまま壁になってしまったようだ。
その壁は日に日に厚くなり、今ではもう、ニルヴァーシュの声も聞こえない。
それを聞けるのは……
「エウレカ?」
後ろからかけられた声にふり向くことはしなかった。手のひらを重ねた白い鋼から、熱い確かな意志を感じる。
やっと聞こえたニルヴァーシュの声は、自分に向けられていなかった。呼んでいる。求めている。彼を。
私じゃなく。
睨みつけた視線には、我ながら強い敵意が籠められていたと思う。
途端にしどろもどろになった彼は、ホランドがどうしたとか、夕食が、とか、そんなことを言っていた。
どうでも良かった。さっさと消えてほしかった。私の前から。ニルヴァーシュの前から。
そう言おうとした瞬間、こちらを不安そうに見つめる彼の、子どもたちのような表情に気づいた。
私を心配している。そう気づき、怒りは治まった。代わりに、苦い後悔が滲み出る。
「……そう」
顔を逸らし、低く呟いた。
彼はしばらく迷っていたようだが、やがて遠ざかる足音を耳にした。
一人残されて──ニルヴァーシュの存在が感じられない今、独りだとしか感じられなかった──噛みしめたくちびるは、酷く震えていた。
わかっている。彼が、悪いわけじゃない。
ニルヴァーシュが彼を選んだのだ。彼を。私じゃなく。
ずっといっしょにいたのに。彼を、私じゃなく。
「どうして……!」
冷たい壁を壊そうと殴りつけても、叩きつけた拳が痛いだけだった。こらえた息が喉につまり、酷く熱い。
凝る熱を吐き出そうと息を吸えばそのまま胸が潰れてしまいそうな気がして、拳を壁に置いたまま蹲った。
いつから変化は始まっていたのだろう? レントンが一人でニルヴァーシュを乗りこなしたとき、やっと自分は気づいた。ニルヴァーシュはレントンを選んだのだと。
いや、そのときは認めていなかった。あんなのニルヴァーシュじゃないと拒絶した。本当は違った。あれが“レントンの”ニルヴァーシュなのだ。
そして、ニルヴァーシュはレントンと共にあることを選んだ。私はもう、要らないのだ。
あふれ返る感情をどうすればいいのかわからない。息が苦しい。吐き出せば楽になれるだろうか? どうやって?
頭が痛い。意識が遠ざかる。霞んでいく目の前が滲んで見えるのはどうしてだろう?
目蓋が下りるそのときに、思い出したのはなぜか、隣で微笑む彼の姿だった。
* * *
彼は自分を守ってくれるものと、信じてた。
そう呟く彼女は、どうして自分がそう信じたのかも知らずに。