再生
空中に弾き飛ばされたイングラムM10サブマシンガンを取り戻そうと、桐山和雄は手を伸ばした。
だがその前に、追いかけてきた銃弾が彼の頭をかすった。左のこめかみ、正確にはそのやや後方。彼がふとしたときなぞっていたそこに──恐らく生まれて初めて──自分以外の衝撃を受けたとき、一瞬、実際の時間にしてわずか数コンマ、彼の意識にたくさんの記憶が甦った。
このプログラムで彼が犯した殺人の記憶。呆然とした顔の沼井充。弾いたコイン。
──巻き戻し──
沼井充との出会い。へたりこんだまま、ぼこぼこに腫れ上がった顔でこちらを見ている──早送り──声。オールバックがいいよ、コワそうでさ、ボス。やっぱりボスはすげぇや。俺は大丈夫だよ、ボス。俺は──早送り──幾つかの笑顔。こちらに笑いかけている──巻き戻し──教室の花瓶に花が生けられている──巻き戻し──彼は歴史書を読んでいる。法律をそらんじてみる。心理学、医学、哲学書や、小説や、子供向けの絵本すら彼は読んでみる。歴史がそう動いた要因、法律の合理性やその意図がわかっても、彼には正しいことが何なのかわからない。正しいという概念がわからない。自分は何を正しいと思うのか。自分の心がわからない──巻き戻し──こめかみがうずく──早送り──コインは裏だった──巻き戻し──彼はそこに触れる。左のこめかみ、そのやや後方。彼はどうして自分がそこに触れるのかわからない──巻き戻し──教室の花──早送り──彼は知らない。自分の"本当の両親"のこと。母親の死んだ事故。まだ母親の胎内にいた彼から、その事故で奪い取られたほんの少しの神経細胞。奪い取られたそれにより失ってしまったものの価値を、彼が知ることはない──巻き戻し──子供向けの絵本。ページいっぱいに描かれた笑顔──早送り──生まれる前の自分の頭蓋に入り込んだ鋭利な破片を、彼は知らない──巻き戻し──事故──巻き戻し──破片──巻き戻し──生まれる前──巻き戻し──
──巻き戻し──
柔らかい水の中で、彼は体を丸めている。
時折目の前を蹴って、彼はぼんやりと眠る。まだ何も知らない彼は、言葉にするなら安らいだ気分で、うとうとと目を閉じる。
体の外側で、不快な音が響く。彼はまだ何も知らないが、金切り声のような音。誰かが悲鳴を上げる。
酷い衝撃が襲ってきた。
──巻き戻し──
柔らかい水の中で、彼は体を丸めている。
時折目の前を蹴って、彼はぼんやりと眠る。まだ何も知らない彼は、言葉にするなら安らいだ気分で、うとうとと目を閉じる。
体の外側で、快い感触がする。彼はまだ何も知らないが、優しく撫でられる感触。誰かが微笑む気配がする。
彼も少し笑った。
──早送り──
慌てた様子の笹川竜平と黒長博に呼ばれて、桐山和雄は沼井充の元に向かった。
すぐに用件は終わった。周りには気絶した男たちが転がっている。
何度も無造作に殴られて、いくつか骨も折れているだろう沼井充は、地面に転がったまましばらく呆然と桐山を見上げ、やがて笑み崩れた。
──一時停止──
腫れ上がった顔で笑う、優しい笑顔。彼を信頼しきった、笑み崩れた眼差し。
こめかみがうずいて、桐山はそこに触れる。充が口を開く。
──再生──
「やっぱり、ボスは、すげぇや」
──再生──
通り過ぎていく記憶の中、桐山和雄は手を伸ばした。
それが何かを掴む前に、次々と追いついた銃弾が彼の脳みそを通り過ぎていく。彼の酷く優秀な、けれどどうしようもない欠陥品だった脳みそが引き千切られ、やがて、何もわからなくなる。
空中をイングラムM10サブマシンガンが舞っていたが、それは最早、彼の目に届いていなかった。