走馬燈

 いつから、こんな風に生きてきたのだろう。  背後からいくつもの銃弾を受け、それでも振り返り、後ろにいた桐山和雄に銃を向け、そして再び撃たれたそのとき、ほんの一瞬、生死を賭けた戦いの最中にも拘わらず、光子の脳裏にそんな疑問がよぎった。  それは、目の前の桐山和雄の目が──冷え冷えとした、からっぽなその眼差しが──光子のそれによく似ていたからかもしれない。  足元で死んでいる杉村弘樹に話したこと。 『あたしは奪われるよりは奪う側に回ろうと思っているだけよ。そうすることがいいとか悪いとか、正しいとか間違ってるとか、言ってるんじゃないわよ。あたしはただ、“そうしたい”の』  自分が、そう言った。  けれど、いつから、そう思うようになったのだろう? いつから?  いつからあたしは、そんな風に、生きてきたんだろう。  たくさんの声が聞こえる。  みっちゃんかわいいねみっちゃんかわいいねみっちゃんきもちいいねみっちゃんいいこだねみっちゃんどうしたんだ相馬なにがあったんだ相馬そうだったのか相馬いやらしいこだな相馬おまえは悪いこだ相馬こんなにいやらしいお前はねえねえ知ってる光子ってさこのあいだ資料室でね先生と信じらんないよね恥ずかしくないのかな来なさい光子わがまま言うんじゃないよ光子いい金がもらえるんだ生娘ぶるんじゃないよ光子金になるんだからやーい親なしやーい居候やーい淫売やーい人殺しあんたが殺したんでしょ信じらんないわうちのこがなにしたっていうのあんたみたいなこ引き取るんじゃなかった恩を仇で返しやがってこのまあまあ落ち着きなさいあれは事故だったんだそうだろ光子大丈夫だったかい光子ほらほらおじさんがいっしょに寝てあげようほら光子ほら大丈夫だよ光子ほら内緒だよ光子誰にも言っちゃいけないよ光子ほらお前だって気持ちいいだろうほら光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子光子  たくさんの、たくさんの手のひらが、光子から少しずつ、何かを奪い去っていった。  誰も何も、光子に与えてくれなかった。  そうして光子は、からっぽになってしまった。  だが、しかし── 『俺は、相馬さんは、そんなに悪い女の子じゃないと思う』  脳裏を掠めた声に、光子は目を見張らせた。  辿々しい、恥ずかしげな声が、光子の耳に触れて、離れていく。 『相馬さんさ、時々すごく哀しげな、すごく優しい目をしてるよ』  赤い目元。ぼさぼさの髪。頼りない肩。 『だからさ、俺、前から思ってたんだ、相馬さんはみんなが言うほど、悪い女の子じゃないって』  せわしなく動く指。照れ隠しに草を千切る。緊張して、つっかえた声。 『きっと、多分、もし、悪いことをしてるんだとしてもさ、そうでもしなきゃいられないような、理由があるんだって』  優しい声。最後に触れた、彼の唇。 『それは、相馬さんが悪いわけじゃないって』 「──」  どうでも、いい。  光子は、微笑わらった。  あたしは、正しい。絶対、負けない。  光子は手首を持ち上げ、引き鉄を引こうとした。  その前に、桐山和雄の手がもう一度動き、ぱらぱらと撃ち出された銃弾がもう一度光子を射抜いた。  光子の胸に、唇に穴が空き、その体が後ろ向きに倒れようとする。  だがそれでも、光子は笑ったのだ。体勢を立て直し、引き鉄を引いた。放たれた銃弾がまっすぐに、桐山和雄の胸を抉る。  だが桐山は、わずかに身をよじらせただけだった。その理由はわからないままに、桐山和雄の銃がもう一度音を奏でる。  光子の美しかった顔が銃弾で爆ぜてかき混ぜられ、そのまま、今度こそ、光子は後ろ向きに倒れていった。   *  *  * 「おかあさん」  小さな光子は怯えている。  わけもわからぬまま母親に連れてこられた場所で、脂ぎった荒い息の男たちに手を引かれ、怯えて母親に助けを求める。 「おかあさん」  光子は辺りを見渡す。薄汚れたアパートの一室。  今、男たちの一人によって閉ざされようとしている扉の向こうに母親の姿を見つけ、光子は必死に助けを求める。 「おかあさん」  ばたん、と音がする。  最後の一瞬。閉ざされるドアの向こうに、封筒の札束を必死に数える、母の姿が見えた。   *  *  *  出席番号女子11番 相馬 光子、死亡。残り5名。