Little Girl
自分は今何をしているのだろう。ぼんやりと織姫は思う。
今、自分は何をしているのだろう。見下ろしている先には体の大半を潰された女がいる。
見るも惨たらしい、同年代のほとんどの少女が目を背け胃の中身をぶちまけるだろうそれを、眉をひそめるでもなく、身を震わせてじっと耐えるでもなく、織姫はぼんやりと眺めている。
女の身体は光の盾に覆われていた。まるで棺。そんなことを思う。
しかし、その盾は屍を土くれに還す棺とは真逆の働きを持っていた。無惨に潰れた体が、速やかに再生していく。巻き戻される。破壊された事実そのものを拒絶する、それがこの盾の力。
自分は今、この破面を癒している。なぜ、そんなことをしているのだろう。ぼんやりと思った。
この女は破面だ。自分の、大切な人たちの敵だ。十刃ではないようだが、それでも並の虚とは比較にならない力を持っている。死んだままにしておけばいい。せっかく同士討ちで死んでくれたんだ。放っておけばいい。
なのにどうして、自分はこの人を助けているんだろう。
信用されるため? 破面を助けることで、自分は仲間だと藍染を欺くため?
助けたいから? 何であれ、誰かが自分の前で死ぬのが嫌で、それを拒絶している?
この女は破面だ。虚だ。死者の魂を集め澱ませたもの、それがこの女だ。生き物ではない。生きてはいない。
仮にこの女が人の形をしていなかったら、自分はこの女を助けたか? 例えば、かつて自分の手で滅ぼした虚のような姿をしていたら。助けなかったかもしれない。だが、例えば、兄のような姿をしていたら……助けたかもしれない。
自己満足? 自分のせいで死んでいく仲間を助けられない、自分の無力さから目を背けたいから?
治癒が終わる。死は拒絶され、女の体は元の形を取り戻した。
死から目を背けたくて、それを拒絶した。子どもみたいだ。
癇癪を起こした子ども。それが自分。我が侭に身を任せ、ただ嫌だと力を使った。これ以上、誰が死ぬのも見たくなかったから。
拒絶。あたしの力。死さえも拒絶する、これが自分の力。
救いたい人を救えない、これがあたしの無力。
背を向けた。震えながら自分を見る、もう一人の破面の女が見える。
なぜ震えているのか。あなたがさっき言ったように、あたしは無力なのに。
あたしがほしかったのは、振り下ろされる破壊を食い止める力。大切な人を守る力。なのに、それらの力は中途半端で、なかったことにする力だけ、どんどん強くなっていく。
あたしは、強くなりたかった。みんなと肩を並べて戦えるくらい、強くなりたかったのに。
殴られた傷を癒したところで、殴られた恐怖を忘れることができるのか?
幼い頃、何度も何度も殴られた。中学生のとき苛められて、何度も暴力を振るわれた。どの傷ももう癒えたけど、傷つけられたことを思い出すたび、それを忘れさせてくれたのは、それから守ってくれた人たちだった。
自分の身を挺して庇ってくれたお兄ちゃん。
一人で泣いていたあたしの腕を引いてくれた、たつきちゃん。
傷を治したところで、傷ついた心は癒えない。それを癒してくれるのは、守ってくれた人。
あたしは……守る人になりたかった。
怯え、震える女の目には恐怖だけが色濃く、癒された実感もないようだった。
ほら、あたしには誰も守れない。あたしは誰も癒せてない。
殴られた顔が今更のように痛んだ。上手く動かせない腕から、折れた小指が警告を発する。
この程度。如何ほどのものだというのだろう。自分が本当に癒すべき人は、今も、冷たくなっていく体の痛みに、傷ついているはずなのに。
潰れた顔のまま、泣き笑いに歪んだ表情は、向こう側で待つ男をわずかに瞠目させたようだった。
虚ろに揺れるまなざしは、自分を待つ男の方へと歩き出したときには既に、足下にいる、自分が救った者を映していなかった。